取引先との打ち合わせを終え、ホテルのロビーを歩いていたときのことです。
「なんであんたみたいな貧乏人がここにいるのよ!」
聞き覚えのある甲高い声に振り向くと、派手なブランド服を着たあの幼なじみが立っていました。
ハワイで再会
幼なじみによると、ハワイは新婚旅行以来2回目で、今回は元婚約者の昇進祝いで来たのだそう。ひとしきり自慢したあと、「……で、なんであんたがここにいるの? まさか寂しく一人旅? 世間体とか気にならないわけ?」と、相変わらずの調子で聞いてきました。
「人の婚約者を奪っておいて……世間体なんて言える立場なの?」と返すと、幼なじみは「かわいそうな幼なじみを心配してあげたのに!」と顔を真っ赤にします。
しかし、幼なじみはすぐに気を取り直し、このホテルはロビーが素敵なので、泊まれない人までわざわざ見学に来るのだと言い出しました。さも、私もロビーを見に来ただけの観光だと決めつけている口ぶりです。
「あんたもロビーの見学でしょ? 目障りなのよ! 庶民が来るところじゃないんだから」
幼なじみはそう吐き捨てると、自分たちは高価なオーシャンビューのスイートルームに泊まっているのだと得意げにマウントを取ってきました。
「私、まさにそのスイートルームに泊まってるんだけど?」私が返すと、幼なじみは「え?」と絶句して固まりました。
このホテルのスイートルームは、すでに連泊の人で埋まっていると聞いています。今日チェックインしたという彼らは、どの部屋を予約しているのでしょうか……。
「スイートは連泊する人で満室って聞いたけど……あなたたちが泊まるのは、どの部屋のこと?」
そう尋ねると、幼なじみは焦ったようにしばらく目を泳がせました。そして、「そんな部屋にあんたが泊まれるわけないじゃない!」と必死に声を張り上げてきたのです。
それは彼女の勝手な決めつけでした。婚約者を奪われてからの3年間、私は悔しさを糧にそれまで以上に仕事へ打ち込んできました。幸いにも成果が評価され、異例の抜擢で営業統括本部の部長に就任したのです。今回はこのホテルを運営する企業との商談でハワイを訪れていました。
もともとは別の部屋を予約していたのですが、大切なビジネスパートナーだからと、ホテル側のご厚意でスイートルームを用意していただいたわけです。
そう事情を説明すると、幼なじみは信じられないといった表情を浮かべました。ですが、すぐに「でも、彼だって昇進するんだから! あんたなんかよりずっと上の立場なんだからね!」とムキになって言い返してきたのです。
元婚約者の本性
元婚約者が勤めている会社は、地元では名の知れた企業でした。最近、そこから同じ業界のうちの会社へ転職してくる人がいたのです。
その人と話をしていると「なぜあんなに大きな会社を辞めたのか?」という話になりました。すると彼は「部下の成果を奪う人がいて……」と打ち明けてくれました。
その人は、父親が大口取引先の役員で、そのコネで出世してきたのだそう。部下に仕事を押し付けては手柄を奪ってばかりだったのだとか。
そんなひどいことをする人がいるなんて……。そう思う一方で、父親が取引先の役員という話に、私は聞き覚えがありました。元婚約者の父親も、大手企業の役員だったのです。まさかと思いながら名前を尋ねると、その人は私の元婚約者の名前を挙げたのでした。
婚約していたころ、どんどん昇進していく彼に追いつきたくて、私は必死に努力していました。それなのに、あの昇進がすべてコネとずるさによるものだったなんて……。
本当に昇進祝い?
私は元婚約者の顔をじっと覗き込み、「本当にスイートに泊まっているの?」と尋ねました。そして、業界の噂で今の彼の状況は自然と耳に入ってくるのだと前置きし、こう切り出したのです。
「本当かどうかはわからないけど……降格になって、お給料もかなり下がるって聞いたんだけど……?」
私が聞いた話では、彼は大口取引先に横柄な態度を取り続けた結果、契約を打ち切られて大きな損失を出したとのこと。部下に責任をなすりつけようとしても通らず、親のコネでももみ消せないほどの額だったため、ついに処分が決まったというのです。
「う、嘘よ! 私、そんな話聞いてないもの!」幼なじみは顔色を変え、何度も首を横に振りました。
うわごとのようにつぶやく彼女の言葉を聞く限り、彼から「上層部に呼ばれた」と聞き、てっきり昇進だと思い込んでいたようです。けれどその呼び出しは、おそらく降格処分を告げるためのものだったのでしょう。
ハワイ旅行の真実
では、このハワイ旅行はなんだったのでしょう。
彼には見栄っ張りな上、押しに弱く、ついイイ格好をしてしまうところがありました。幼なじみの勢いに押され、引くに引けなくなってハワイ旅行に連れてきた……といったところでしょう。もしかしたら旅費のために借金でもしているかも知れません。
「スイートルームに泊まっている」というのも、彼の見栄が生んだ嘘だったのでしょう。少しグレードの良い客室を取って「ここがスイートルームだよ」と偽り、幼なじみはそれをすっかり信じ込んでいたのだと思います。
呆然と立ち尽くす幼なじみに「これが最後の贅沢旅行にならないことを祈ってるね」と言い残し、私は自分の部屋へと戻っていきました。
その日の夜、ロビーで激しく言い争う2人の姿を見かけました。どうやら、私の耳にしていた話や推測は、おおむね当たっていたようです。
ハワイから帰国後、元婚約者は会社に居づらくなったのか、退職したと転職組の人から聞きました。幼なじみと別れたのかどうか、そして今何をしているのかはわかりません。
私は相変わらず海外や日本国内を飛び回っています。憧れを抱いていた元婚約者が虚像だったことは残念ですが、おかげで未練はこれっぽっちもありません。今はより上のポジションを目指して毎日仕事に励んでいます。
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人のものを奪って手に入れた幸せは長続きせず、また、他人を見下していると、いつか自分自身が恥をかくことになるもの。一方で、「バカ真面目」と笑われながらもコツコツと積み重ねてきた努力は「たしかな力」となりました。
他人のものをうらやんだり無理な背伸びをしたりするよりも、自分の手で一つひとつ積み上げていくこと――。それこそが、自分を支えてくれる力になるのかもしれませんね。
【取材時期:2026年9月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。