つらい毎日を支えてくれた社員食堂
直属の上司・Aさんは、部下の手柄を自分のものにし、ミスやトラブルの責任は押しつける人物でした。
ある案件でトラブルが起きたときも、上層部にはすべて僕のミスだったと報告。以来、みんなの前で連日のように怒鳴られ、会社にいるのがつらくなっていったのです。
そんな毎日の中で、ほっとできるのが社員食堂で過ごす時間でした。
食堂には、いつも笑顔で接してくれる女性スタッフがいて、顔を合わせるうちに少しずつ会話をするようになりました。
僕が開発に携わった商品が発売されると、彼女は嬉しそうに声をかけてくれます。
「食べましたよ! すごくおいしかったです」
自分の仕事を喜んでくれる人がいる。そのことが嬉しくて、彼女の言葉に何度も救われました。会話の中で、上司との関係に悩んでいることを少し話したこともあります。
しかし、職場の状況は変わらないまま。Aさんから「自分から辞めたほうが身のためだ」と迫られ、孤立感を深めていた僕は、退職を決めたのです。

退職の挨拶に「良かったじゃん!」
そして迎えた最終出社日。最後にどうしてもお礼を伝えたくて、僕は社員食堂へ向かいました。
「今日で退職します。今までお世話になりました」
彼女は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐにぱっと表情を明るくし、思わず手を叩きました。
「良かったじゃん!」
「え?」
退職に追い込まれた僕に向かって、「良かった」とはどういうことでしょうか。戸惑う僕に、彼女は声を落として続けます。
「だって……ずっと大変そうだったでしょう。あの環境から離れられるなら、良かったと思って」
彼女が喜んでいたのは、僕が仕事を失ったことではなく、つらい職場を離れられることだったのです。
「あなたみたいに真面目に仕事をしている人が、ここでつらい思いをし続けるのは、もったいないですよ」
さらに、思いがけない話を聞かせてくれました。
「実は私、別の会社の社員食堂でも働いていて、これからはそちらの勤務を増やす予定なんです。食堂で見ている限りでは、社員同士の雰囲気もよさそうで。よかったら、どんな会社か調べてみませんか?」
辞めることを後ろ向きにしか考えられなかった僕にとって、その言葉は新しい道を示してくれるものでした。
新天地で再出発。一方、元上司は…
彼女に教えてもらった会社を調べると、これまでの経験を生かせそうな求人が見つかりました。仕事内容にも魅力を感じ、思い切って応募することに。
面接では、これまで手がけた商品や、開発の仕事への思いを伝えました。実績を評価してもらい、選考を経て無事に採用が決まったのです。
新しい職場は、仕事の成果をきちんと見てくれる環境でした。僕は再びやりがいを感じ、伸び伸びと働けるようになりました。
お昼に社員食堂へ行けば、あの彼女がいます。
「ね、正解だったでしょ?」
そう笑いかけてくれる彼女に、今度は僕も笑顔でうなずくことができました。
一方、以前の職場については、後日、元同僚から連絡が入りました。Aさんの部下への言動や責任の押しつけが社内で問題となり、降格のうえ異動になったそうです。
今は以前のように上司の顔色ばかりをうかがうこともなく、商品開発に向き合えています。
あの日の「良かったじゃん!」には驚きましたが、今なら素直に同じことを思えます。背中を押してくれた彼女に感謝しながら、新しい職場での日々を大切にしていきたいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者が特定されないよう、固有名詞などに変更を加えながら構成しています。