東日本大震災勃発!夫と子ども2人の元へ急ぐも… #あれから私は

2021/03/05 16:55
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東日本大震災の実録第1話。ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは当時茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。これは、和田さん一家が体験した震災の記録です。
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和田フミ江

東日本大震災が勃発したとき、ベビーカレンダーでも人気のマンガ家の和田さんは茨城県で、小さいお子さん2人を子育て中でした。その震災の記録第1話です。


 

2011年に起きた東日本大震災から、早くも10年が経とうとしています。
あの震災で亡くなられた方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。また、被害にあわれた皆様に、謹んでお見舞い申し上げます。

 

震災当時、私は茨城県に住んでいました。家がなくなったわけでも、家族を失ったわけでもありません。被害の程度は軽いものだと言えます。これは、そんなわが家から見た東日本大震災の記録です。

 

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自宅にいた夫と再会し、保育園に子どもたちを迎えに行きました。当時、長女は4歳、二女は1歳5カ月。保育園の園庭に避難している子どもたちを見たときは、本当にホッとしました。

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この時、携帯電話は通話できず、メールやネットもつながったりつながらなかったり。かろうじて「岩手・宮城・茨城で次々に地震が起きたこと」「余震が多いので建物の中では寝ないほうがいい(という意見)」をネットで見ることができました。

離れて暮らす親兄弟や友達とは連絡が取れず、安否の確認はできませんでした。

夫の携帯電話も私の携帯電話も電池が切れ、電気も水道も復旧しないまま。私たちは自宅の倒壊を恐れて、車で眠ることにしました。そして、最初の夜がやってきました。

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10年前の震災発生当初の感覚をまだ覚えています。

それまでにも、突然の不幸などで日常が急に崩れてしまったように感じた経験はありました。でも、周囲の人たちも皆同じように「非日常」に入り込んでしまうというのは初めての経験でした。だれもが不安な顔をしていたし、何かしら困っていたと思います。

それでも私は心のどこかで、こんなことは長く続かないだろう、きっとなんとかなるだろう、と思っていました。この時はまだ、この非日常が何日も続くとは思っていなかったのです。

 


 

ライフラインがたたれた和田さんですが、さらに困った状況に…。次回に続きます。

 

※本記事は2011年に「本当にあった笑える話」(ぶんか社)掲載された漫画を、再編集・加筆したものになります。

 

著者

イラストレーター 和田フミ江


姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。著書に「お母さんまであとすこし!」(ベネッセコーポレーション)、「おうちクエスト」(竹書房)など。



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