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複雑な家庭環境で育ち介護職の資格を持つ作家・森美樹さん。「『母親病』では自分の経験が役立ちました」#2

女性作家・森美樹さんに最新刊『母親病』についてインタビュー。インタビュー2回目は、複雑な家庭環境で育ち、介護職の資格を持つという森さんご自身の経験も踏まえ、著書についてお話していただきました。

森美樹さんインタビュー

 

嫌悪感すら抱いていた母親が突然、死んだ。40歳の珠美子は母親・園枝の死の謎を追うなかで、仲睦まじかったはずの両親の秘密や園枝と親密な関係の25歳の青年の存在を知っていく。母親として妻として、完璧な役割を果たしてきたはずの園枝が人生の最後に望んだものとは――。

 

現代を生きる女性たちの孤独と光を描いた『主婦病』で多くの読者の心をつかんだ森美樹さんは、最新刊『母親病』で家族や母親のあり方に真正面から斬り込んでいます。インタビュー2回目は、ご自身の経験を踏まえて『母親病』に込めた想いなどをお聞きしました。

 

“介護職員初任者研修”の資格が執筆に役立った

ー2話目の「砂の日々」は、脳溢血の後遺症から半身不随となり認知症も患った園枝の夫と、園枝自身も世話になっていた訪問ヘルパーの平沼光世の視点で物語が進んでいきます。

 

森さん:家族ではなく第三者から見た園枝像を書きたかったんです。光世には中学生の娘がいるので、同じ娘を持つ母親として園枝とは対比的に描きたいとも思いました。

 

ー白黒のボーダーの服はお葬式を連想させるので避ける、使い捨て手袋をはじめ私物はすべて介護先から持ち帰るなど、介護にまつわる細部の描写がとてもリアルでした。

 

森さん:実は私、介護の資格を持っているんです。

 

ーどんな資格をお持ちなんですか?

 

森さん:今は資格名が変わって「介護職員初任者研修」になったのですが、私が取得した時は「ホームヘルパー2級」でした。

 

ーもともと介護に興味があったのでしょうか?

 

森さん:それが、違うんです。10年以上前に失業していた時期があり、そのときに職業訓練校で無料で勉強ができることになりまして。パソコンに関する勉強をするつもりだったのですが、「パソコンの技術は自分でお金を払って勉強するかもしれない」と思い直したんですね。無料で勉強できるならまったく興味がない分野のことに取り組んでみようと思い、ホームヘルパー2級の勉強をしました。そのときの知識と経験がこの作品で役立ちました。

 

空回りする登場人物に感情移入してしまう

ー光世は訪問ヘルパーという仕事柄なのか、良くも悪くも周囲の人間のことをよく見ている人だと感じました。

 

森さん:自分以外の人間に興味がある、光世みたいなタイプの人は世の中に意外といると思うんです。私自身、登場人物の中で一番、感情移入してしまうのは光世なんですよね。

 

ー光世のどんなところに感情移入するのでしょうか?

 

森さん:空虚な感じというか、空回っているようなところですね。「あ、わかるな」って思いつつも、かわいそうになってしまうんです。

 

ー森さん自身にも空回り感のようなものがあるのでしょうか?

 

森さん:これは性分だと思うのですが、いろいろなことを想像しすぎて自分の首を絞めてしまうんですよね。例えば、メールの返事が来なかったりすると「嫌われているんじゃないか」と不安になったりとか。結局、嫌われていないということがわかるのですが、それまでの間にあれこれ考え過ぎて疲れてしまうんです。

 

ー「砂の日々」では、園枝の死因となるドクウツギと光世が関わる場面も登場します。

 

森さん:園枝が不審死を遂げたことで、現場では警察による捜査がおこなわれました。園枝の死を謎めいたものにするためには、光世とドクウツギの関係性を警察に気付かれないようにしなければなりません。そのための方法は編集者さんとかなり相談を重ねて考えました。ほかにも警察が登場する場面があるのですが、警察に関する情報というのは調べるのにも限界があるんですね。編集者さんにもいろいろと調べていただきましたし、足りない情報を補足するために最近の推理小説を読んだりもしました。作品に警察を登場させることの大変さを痛感しました。

 

家族=血縁関係にこだわらなくてもいい

ー3話目の「花園」は園枝の視点の物語です。美しく生まれ育ち、エリートの男性と結婚して娘を授かり、理想的な家族を築いてきた園枝ですが、夫の介護をきっかけに夫婦関係が崩れ、自らの家庭像や母親像が内側から崩壊していきます。

 

森さん:実は最初に書いた作品の主軸は恋愛で、園枝は満ち足りた人生を送っていた女性だったんです。でも、編集者さんから「読者が共感するような悲しさや葛藤のようなものがあったほうがいいのでは?」というご意見をいただき、旦那さんとの関係を違うものに変えました。

 

ー理想的な夫婦の本来の姿が暴かれていく様子には、下世話な部分も含めて興味をそそられました。特に、夫の臨終間際のとある言動は衝撃的でした。

 

森さん:恐らく、そのできごとがあったからこそ、園枝は良い意味でも悪い意味でも糸が切れて、それまでの自分から解放されたのだと思います。

 

ー解放された園枝は、40歳も年下の雪仁とただならぬ関係になっていきます。

 

森さん:60代の園枝と20代の雪仁との恋愛は突飛なのではないかと思い、雪仁の年齢を30代半ばにした作品も書いてみたんです。でも、しっくりこなかったので、結局、元の年齢に戻しました。私は「花園」が『母親病』のメインだと思っているんです。

 

ーどのような部分をメインとお考えなのでしょうか?

 

森さん:家族というテーマでこの作品を見たときの、“家族”の捉え方です。私自身、家族=血縁関係という考え方にこだわらなくてもいいんじゃないかなと思っているんです。最終的に自分が好きな相手を選んで残りの人生を考えてもいい。今後、そういった関係の“家族”が増えてくるのではないかとも思っています。

 

次回は更年期に差しかかっているという森さんの現在の想いや体調などについてうかがいます。

 

母親病

 

『母親病』森美樹著 新潮社 1850円(税別) 

 

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森美樹さん

1970年埼玉県生まれ。1995年、少女小説家としてデビュー。その後、5年間の休筆期間を経て、2013年「朝凪」(「まばたきがスイッチ」と改題)で、女による女のためのR-18文学賞を受賞。主な著書に受賞作を収録した『主婦病』、『私の裸』など、参加アンソロジーに『黒い結婚 白い結婚』がある。

 

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    この記事の著者
    著者プロファイル

    ライター熊谷あづさ

    ライター。1971年宮城県生まれ。埼玉大学教育学部卒業後、会社員を経てライターに転身。週刊誌や月刊誌、健康誌を中心に医療・健康、食、本、人物インタビューなどの取材・執筆を手がける。著書に『ニャン生訓』(集英社インターナショナル)。

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