コロナ禍のセブ島でフィリピン人と結婚・出産
大学を卒業した22歳。私は日本を飛び出してフィリピンのセブ島に移住しました。27歳でフィリピン人の夫と結婚するも、新型コロナの影響で日本に帰れず、お互いの両親に直接挨拶ができないまま私は妊娠。第一子を出産しました。
折しもセブ島は、コロナ感染者の増加で外出も厳しい状況。夫婦だけならまだしも、生まれたばかりのわが子が心配で、私たちは「夫の実家があるスリガオ島へ行けば、少しはコロナからの自由と安全があるはず!」と、セブ島本島を脱出することに。スリガオ島は、セブ島から飛行機で約1時間。きれいな白いビーチとサーフィン、海鮮が魅力的なところ。夫がスリガオ島の美しい写真をたくさん見せてくれ、私は島での新生活を楽しみにしていました!
ところが、スリガオ島に着いて車に乗り換え、夫の実家に向かうも……いくら走っても家に辿り着きません! 車窓の景色も、陽光きらめく海沿いから畑や田んぼに変わり、気がつけば山の中……。結局、8時間も車に揺られて、ようやく義実家に辿り着きました。
騙された!? 夫の実家はなんと山の中!
夫の実家についた瞬間、私は「えっ……? もしかして騙された?」と大きなショックを受けました。夫には美しい海の写真を見せられ、「家の近くが海で、よく飛び込んでいた」と聞いていたのに、実際は夫の実家は海すら見えないココナッツの木に囲まれた山奥にあったのです。
後から聞いたのですが、夫が小さい頃は海の目の前に住んでいて、その後、今の家に引っ越しをしたようです。今の義実家から海へ行くにはバイクで30分くらいかかり、それも、さほどきれいな海ではなく……。きれいなビーチを目指すなら、さらに小船で30分! 船酔いがひどい私には、そう簡単に行けるところではありませんでした。
この時点で、私の期待していた新生活の夢が崩れたと実感。さらに、追い打ちをかけるようにして次々とハプニングが起こったのです。
過酷すぎる! 義実家のある小島での生活
その後、彼の家族に挨拶を済ませ、スマホを開いてみると「圏外」の文字! 生活し始めた後も、接続不良で通信エラーになることがしばしば。それに、何度も泣かされたのが停電や断水です。
1カ月に数回ほど停電があるとは聞いていたものの、実際は1週間に2~3日の頻度であり、時間でいえば平均で1日3時間、ひどいときは半日以上、それに月に1回は12時間の計画停電がありました。しかも山奥だから、夜は真っ暗で何も見えません! 断水も起こるようで、シャワーを浴びようと思ったら「今は水が止まってるから、シャワーは明日だね!」と義家族に言われることも。
加えて、最も大変だったのが生まれたばかりの子どもの世話です。ベビーグッズはバイクで30分かかるお店でなければ手に入らず、停電時は湯沸かし器が使えないためコンロでやかんを沸かすしかなく、哺乳瓶の消毒やミルクのお湯もすぐに用意できなくて不便でした。
なにより停電中の暑さ! 義実家で暮らし始める際にエアコンを買いましたが、停電では使えません。そんなときは夫がココナッツの木の下にハンモックをかけて娘を寝かせ、私は熱中症覚悟で必死にうちわであおぎ続けるのです!
リゾート気分などみじんも味わえず、ハチャメチャだった義実家での新生活。「夫に騙された!」とまでは思いませんが、地元の景色の美しさより、こういう不便があることをもっと早く教えてほしかった……とは、切に思いました。
その後、私たちは日本に移住したのですが、振り返ると「よくあの環境で5カ月も住んだな」と、自分でも驚いています。
だけど日本に住み始めたとき、当たり前のように電気が使えること、ネットに繋がることに感動できたのは、あの経験があったからこそ! 正直、私にはしんどく、耐えられるかわからない生活スタイルでしたが、「どんな状況でも楽しむことが大切!」と思って日々を過ごしてきたので、今となってはとてもいい思い出です!
文/マラパオ ハルキさん
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