帰りたくなさそうにする彼
営業部で新卒として活躍する彼は社交性が高く、仕事ができて外見も整っていて、女性社員から人気でした。しかし、彼はだらしなく、家事すらまともにできないのだとか。そのため、彼は女性たちの家を渡り歩いて生活していました。実をいうと、私も彼の世話を焼く女性のひとりだったのです。
彼が入社して間もないころのある日。オフィスで残業していた私が、一向に帰る気配のない彼に声をかけたのが私たちの関係の始まりでした。デスクにうつ伏せていた顔をこちらに向けて「何もしたくないんです……」と言う彼。弱々しく笑う顔がかわいく見え、そこから週に一度のペースで、彼をごはんに連れていくようになりました。
女性の家を渡り歩く日々
そのころの彼は、会社から片道2時間かかる実家で暮らしていました。彼曰く「会社から2時間かけて帰るのが面倒だから会社に泊まることもある」とのこと。
ある日の終業後、彼をごはんに連れていったときのことです。お店を出ると、彼が「じゃあこれからまた会社に戻るよ」と言うので、私はそんな彼がかわいそうに思えてしまって「うちに泊まる?」と言ってしまいました。それから、彼はたびたび私の家に泊まりにくるようになってしまって……。
ただ、彼を家に泊めているのは私だけではなかったのです。同僚から聞いた話によると「オフィスに残っている彼を心配して、何人かの女性社員が彼にごはんをおごったり、家に泊めたりしてるらしい」とのこと。
私もですが、彼女たちはみんな、彼から手を出されてはいないよう。彼は女性社員たちのアイドル的存在だったので、誰もが「彼と深い関係にならない」という暗黙のルールを守っていたのです。
行き場をなくした彼は私のもとへ
それからしばらく経って、彼は会社の近くでひとり暮らしを始めました。一度、彼が会社に忘れた物を私が届けにいったことがあります。その際に部屋に上がったのですが、部屋の中はゴミ屋敷のような状態で、生活するのも困難に見えました。
彼は掃除を含め家事が一切できず、部屋の中は散らかし放題だったのです。女性の家にいるときもダラダラ過ごすだけで何もしません。最初のころは同情から彼を泊めていた女性が多かったように思いますが、しばらくすると、猫のようにわがままに振る舞って甘えるだけのダメ男に、愛想を尽かしてしまう女性が続出したようでした。
その後も、お得意のトークで社内の女性を口説いて次の寄生先を探そうとする彼ですが、次第にうまくいかなくなったようです。行き場をなくしかけている彼は、頻繁に私を頼るようになりました。「俺は君なしでは生きていけない……」と言いながら、連日のように私の家に泊まりにくるのです。
野良ネコ男と共に過ごす意味とは?
ほぼ毎日のように泊まりにくる彼。しかし、彼が泊まりにくると私の仕事が増えるだけで、私には何の得もない……次第にそう思えるようになっていました。そう気づいた私は、今後はもう彼と関わらないようにしようと決断したのです。
翌日、休憩時間に彼のもとへ。当時の私には付き合っている男性はいませんでしたが、「突然なんだけど新しい彼氏ができたからもうウチには泊まりにこないで!」と、彼に別れを告げました。
彼は「そう言われたって……俺はこれからどうすればいいんだよ。君がいないと生きていけないんだ」と訴えてきましたが、社内なのでそれ以上騒ぐことなく、おとなしく引き下がってくれました。
彼は今でも営業部で活躍していますが、陰では「マザコン王子」と呼ばれているよう。その背景は、私以外に頼れる女性がその後現れなかったそうで、ひとり暮らしの部屋は壊滅的な状態になり、最終的には母親と同居することにしたそうです。彼のような男性とは今後できるだけ関わらないようにしようと思った経験でした。
著者/灰ジン
イラスト/おみき
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