ベビーカレンダーは、多様化している家族のあり方=“新しい家族のカタチ”について発信する取り組みを開始しました。当事者のリアルな声を紹介していきます。多様な幸せを実現できる社会、そして、もっと「家族を持ちたい」「赤ちゃんを産みたい」と思う人が増える世の中づくりの一助となりますように。
大家族になったきっかけ
私が小学校に上がる直前に両親が離婚をしたため、私は母や妹弟たちと、母の実家に住むことになりました。しかし、母は実家に来てしばらく経ったころから、突然実家に帰ってこなくなりました。
幼かった私には母が帰って来なくなった理由はわかりませんでした。私たちはそのまま、叔母と叔父、体の不自由な祖父母、私の妹、体の不自由な弟たちの7人の大家族でにぎやかに過ごすようになりました。
叔母が子育てで一番気をつけていたこと
叔母が私たちの子育てで一番気をつけていたこと、それは、「私たちが寂しい思いをしないように努めること」だったそうです。
たとえば、体の不自由な弟とわがままな妹に手がかかっているからと私に気遣って、叔母と2人でランチに行く時間を作ってくれました。忙しい中でも細やかに、しっかりコミュニケーションを取ってくれていたように思います。
叔母の背中を見て成長した私は…
今思うと、叔母は、私たち子どもの気持ちを大切にして、信じてすべてを受け入れてくれました。心配だったとは思うけれど過保護にせずに、自由にのびのびとさせてくれていたと思います。子どもながらに、やりたいことをさせてもらえた充実感がありました。
体の不自由な人が多い家族だったからか、自然と他の人にも何かあれば声を掛けたりするようになりました。手を差し出すのは当然と思っているのも、いろいろなことに偏見も持たず過ごせているのも、叔母の寛大な背中をずっと見ていたからだと思います。
大人になり、私は結婚しました。私と夫にはまだ子どもはいませんが、子どもが欲しいと強く思っています。私にも子育てができるとしたら、私が育った家族のようにいろいろな人たちに触れさせてあげたいと思っています。
そして、叔母のような寛大な心で子どもとしっかり向き合って、子どもを大切にしていけたらいいなと考えています。私の家には両親はいませんでしたが、大家族で、叔母のもとにいられて本当に幸せだったと感じています。
それぞれの家庭にそれぞれの事情があると思いますが、「みんな違ってみんないい」のだと思います。これは私の好きな言葉です。私は叔母にそういう大切さを教えてもらいました。今後もこの言葉を胸に、自分の子どもにも伝えて、生きていきたいと思います。
著者:後藤ゆり/女性・主婦。自身の体験をもとに執筆している。
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています