父のそばにいたかっただけなのに
父は以前から体調不良を訴えていましたが、多忙で受診が遅れ、見つかったときにはすでに治療の選択肢が限られていました。私は「もっと早く病院へ連れて行けていれば」と悔やみましたが、残された時間を大切にしようと、フランスの生活を一旦止めて帰国しました。
本来なら兄たちや姉と交代で父を支えられるはずでしたが、3人とも看病にはほとんど関わらず、私がほぼ付き添いを担うことに。不満がないわけではありませんが、今は父のことだけを考えようと自分に言い聞かせていました。ところがある日、兄と姉が唐突にこう言ったのです。
「遺産は、末っ子以外で分けることにしたから」
「とにかく、そういう話になったからな」
父はまだ生きているのに、この話題を出すこと自体がつらく、私は「今は父を支えることが先だよ」とだけ答え、深く関わらないようにしました。
父がかすかに残した言葉
看病を続けていたある日、病室に兄たちの姿がありました。話を聞くと、医師に病状を尋ねに来たとのこと。しかし、父のすぐそばで「あとどのくらいなんでしょうか」などと口にした兄たちを見て、胸が締めつけられました。
「ここで話すことじゃないよ」と私は兄たちに席を外してもらいましたが、ふと視線を向けると、父が起きていました。父はしばらく天井を見つめた後、私に静かに言いました。
「お前には、相続のことで負担をかけたくない。できれば放棄も考えてほしい」
突然の言葉に驚きながらも、私は「お金のことより、今はお父さんが大事だよ」とだけ伝えました。父はかすかに笑い、それが私たちの最後の会話になりました。
葬儀後に明らかになった、もう1つの現実
父が亡くなり、葬儀の準備に追われる中、兄たちはほとんど姿を見せず、関心は相続に向いているようでした。一方の私は、右も左もわからない状態ながら、周囲の助けを借りてなんとかすべてを取り仕切りました。
葬儀後、兄たちの意向で実家の売却が決まりました。しかし片付けは誰も手伝わず、結局私がひとりで両親の荷物に向き合うことに。私は今さら遺産に期待する気持ちはなく、むしろ大学時代に無理をしてフランス留学を支えてくれた父のことを思い返し、「あれが父からの生前の贈り物だった」と感じていました。
片付けをしていると、実家の玄関が勢いよく開き、兄たちが慌てた様子で戻ってきました。続いて、父の古い知人だという男性も姿を見せました。
父が抱えていた負債と、兄姉に生じた責任
男性の話によると、父はかつて事業の立て直しの際に資金を借りる必要があり、その返済が病気の影響で計画通りに進まなくなっていたそうです。実家の売却代金ではすべてをまかなえず、法律上は相続人である兄と姉が父の債務を引き継ぐ可能性があると説明されました。
突然の知らせに兄たちは動揺し、「じゃあ相続を放棄すればいいじゃないか」と言いだしました。しかし私は静かに伝えました。
「相続放棄は『亡くなったことを知った日から3カ月以内』に手続きする必要があるの。もう1週間、期限を過ぎてるよ」
相続放棄の期限を過ぎると、相続人は法律上「相続を承認した」とみなされる場合があります。兄と姉はまさにその状態(単純承認の扱い)となり、父の遺産と負債を含めた相続を受ける立場にありました。一方の私は、父の生前の言葉もあり、すでに期限内に相続放棄の手続きを済ませていたため、負債を引き継ぐことはありませんでした。
兄や姉は、その後専門家に相談しながら父の負債整理に向き合うことになりました。私はフランスへ戻り、父の支えで得た経験を生かしながら、カフェの経営に力を注いでいます。
父の生前の言葉と、留学を後押ししてくれた気持ちこそ、私にとっての何よりの遺産だと感じています。
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病と向き合っている父のそばで相続の話題が出るのは、とてもつらいものでしたね。しかし相続は権利であると同時に、場合によっては“責任”も伴うもの。兄たちにはこれを機に、お金や家族との向き合い方について考えるきっかけにしてほしいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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