同窓会当日―ひとりだけ早くやって来たのは…?
明日の同窓会は35名での貸切です。幹事は、広告代理店に勤めるA男。大学卒業後に会社を辞めて鰻屋を継いだと知るなり、「せっかくだから、お前の店を使ってやるよ。売り上げ厳しいだろ? 俺たちが恵んでやるからさ」と、上から目線で言ってきました。悔しくないと言えば嘘になりますが……最高の鰻重を出して、あの薄ら笑いを黙らせてやるつもりでいました。
同窓会当日の朝。35人分の特上鰻重を仕込むため、仕入れにも自然と気合いが入りました。そして午後5時半、開宴の30分前。カラン、と入り口の引き戸が乱暴に開きます。現れたのはA男。ただ、なぜかひとりだけ。その瞬間、嫌な予感が胸をよぎりました。
「よう。相変わらず貧乏くさい店だな」A男は店に入るなり店内を見回し、鼻で笑います。私は「いらっしゃい。他のみんなは?」と尋ねました。するとA男は、ずらりと並べられた35人分の御膳を見渡し、勝ち誇ったように口を開きました「――ああ、それなんだけどさ。キャンセルで」一瞬、意味が理解できず、私は思わず固まりました。「……え?」
突然のキャンセルに動揺…そのとき、ドアが!
「今日はおしゃれなイタリアンに変更した」。その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になりました。「今からキャンセルなんて……」と声を漏らす私に対し、A男は悪びれる様子もなく、むしろ楽しげに肩をすくめました。「キャンセル料? 払わないよ。契約書もないし」。
さらに、「より良い条件のほうへ客が流れるのは当然だろ? それが資本主義だ」と言い放ち、足元の仕込みを見て追い打ちをかけるように、「で、この鰻、どうする? 近所にでも配る?」と笑い……怒りで視界が熱く揺れました。
そのとき、店のドアがわずかに開きました。「……随分と勝手な言い分だな」。低い声が響き、A男はびくりと肩を震わせて振り返りました。「は? 誰だ?」静まり返った中、ドアがゆっくりと開きました。
34人が味方に…追い詰められたA男は!?
そこにいたのは、高校時代の同級生たちでした。A男を除く34人全員が店の前に集まっていたのです。私は驚きで目を見開き、A男はみるみる顔色を変えました。「なんで……? LINEで送っただろ!? 会場変更って!」
動揺するA男に、元クラス委員長が呆れたようにスマホを掲げて、「送られてきたよ。1時間前にな」と返します。さらに、同じ部活だったBが静かに続けました。「私たち、あなたの自慢話を聞くために集まったんじゃないの。ここの鰻が食べたくて来たのよ」。同級生たちの声が重なっていきました。
「お前、高校のときからそうだったよな。金と権力があれば人がついてくると思ってる」。元クラス委員長の言葉に、A男の顔色はさらに沈んでいきます。私は焼き場から、「キャンセル料はいらない。でも、次にうちの敷居をまたぐなら、予約じゃなくて謝罪して。……今日は帰って」と伝えました。A男は返す言葉を失い、逃げるように店を飛び出していきました。
同窓会がスタート―同級生がまさかのひと言を…!
A男が去った後、店内は一瞬静まり返り、すぐに笑い声で満たされました。「始めちゃってくれ!」という元クラス委員長の声に、私は大きくうなずき、再び焼き場の火と向き合いました。
「お待たせしました。特上鰻重です!」と運ぶと、蓋を開けた瞬間に歓声が上がりました。箸をつけた同級生たちは次々に顔をほころばせ、「うまい」「ふわっふわだ」と口々に声を漏らします。
同じ部活だったBが小さく笑いながら、「お父さんの味、ちゃんと守ってるね。……もしかして、お父さんよりおいしいかも」と言いました。その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていたものがふっとほどけ、胸の奥がじんわりと熱くなりました。これまでの大変だった日々も、悔しさも、すべてが報われたような気がしたのです。
後日、A男は会場変更先のイタリア料理店から、人数分のキャンセル料を請求されたらしいという噂を耳にしました。一方、私の店は同級生たちが広めてくれたのか、予約で埋まる日も増えています。今日も精いっぱい、自分の仕事をしよう――そう心に決めています。
◇ ◇ ◇
自分の都合だけで会場を変更し、契約していないことを理由に責任を取ろうとしない姿勢は、決して許されるものではありません。最初から行くつもりがないのに予約して放置したり、嫌がらせ目的で店に「来るはず」と思わせて準備させた場合は、偽計業務妨害罪(刑法233条)に当たる可能性があります。予約とは約束であり、その重みを忘れずに誠実な行動を心がけたいですね。
【取材時期:2025年11月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。