「専業主婦ごとき」と言われて
きっかけは、私が夫に対してほんのひと言、苦言を呈したことでした。仕事が忙しいのはわかっていましたが、義母に対してあまりにも無関心な態度が続いていたため、「もう少し声をかけてあげてもいいんじゃない?」と伝えただけでした。
すると夫は突然、「専業主婦ごときが生意気なこと言うな!」と怒鳴り返してきました。あまりの言い方に、「それはひどすぎる」と反論しましたが、夫は「文句ばかりでうんざりだ」と吐き捨てるように言い、続けて「母さんが亡くなったら出て行け。離婚だ」と言ったのです。
「私はもう用済みということ?」と尋ねると、夫は鼻で笑いながら「そうだろ。お前は介護要員なんだから」と言ったのです。さらに、「今まで無償で介護してきたんだから、最後まで責任を持て」と命令口調で続けます。
悔しさと屈辱で胸がいっぱいになりましたが、私は「言われなくても、義母を見捨てるつもりはない。葬儀まできちんと務める」と答えました。「誰もいなくなったら、義母がかわいそうだから」と伝えると、夫は満足そうにうなずいただけでした。
私は自分の感情を押し殺し、義母のために耐える覚悟を決めたのです。
義母が残してくれた本当の思い
数カ月後、義母は他界しました。葬儀を終えたその直後、夫はまるで区切りがついたかのように言いました。
「母さんの介護、ご苦労さん」
離婚届などの書類を手にした夫に、「ずっと専業主婦だったお前に、これからひとりで生きていけるわけがない」「仕事もできないだろ?」と、当然のように言われた私は、「大丈夫。義母から託されたものがあるから」と返しました。
夫は一瞬きょとんとした表情を見せ、「嫁に相続権はないだろ」と声を荒らげました。そこで私は、義母が生前にきちんとした形で準備をしてくれていたこと、公的な手続きを経て意思が残されていることを、淡々と説明しました。
「息子には財産を残したくないわけじゃない。でも、あなたには幸せになってほしい」と言っていた義母の言葉を伝えると、夫は何も言えなくなっていました。
義母の判断で決められたこと。それ以上でも、それ以下でもありませんでした。
因果応報という言葉の意味
後日、夫は自分でも事実確認をしたようで、現実を突きつけられた様子でした。遺産を当てにしていたことも、後からわかりましたが、もはや私には関係のない話です。
離婚から1年ほどたったころ、夫から突然電話がありました。「会社がうまくいかず、借金のことで困っている。助けてほしい」と。私は、「義母を大切にしなかった人を、助けてくれる親戚がいないのも無理はない」とだけ伝えました。
「やり直したい」と言われましたが、即座に断りました。「結局、何も変わっていない」と思えたからです。
その後、私は連絡先を整理し、新しい生活を歩み始めました。義母が残してくれた支えをもとに資格を取得し、今では安定した仕事に就いています。
自分の足で立ち、自分の人生を生きること。それが、義母が望んでくれたことだと、今は心から思えます。
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実母の介護を妻に任せきりにし、その労を当然のものとして扱った夫。一方で、義母に誠実に向き合い続けた妻は、理不尽な扱いに耐えながらも、最終的には自分の人生を取り戻しました。誰かの犠牲の上に成り立つ幸せは、長くは続かないもの。誠実に生きた人が前を向ける結末となり、何よりでしたね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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