「長男なんだから」で静かに削られてきたもの
彼には年の離れた妹がいると聞いていました。妹が生まれてから、少しずつ家の空気が変わっていったそうです。
彼の妹は美人で愛想がよく、親戚の集まりでも近所でも「かわいい! こんな完璧な子見たことない!」とチヤホヤされていたようです。彼の両親も妹を溺愛し、何かを欲しがれば、なんでも買い与えていたそうなのです。一方で彼に対しては「長男なんだからしっかりしなさい」「あなたは我慢できるでしょ? 妹に譲ってあげなさい」と言い、すべて妹ファーストだったと言うのです。彼も最初は、対応の差に疑問を持っていたそうです。しかし、反論するたびに 「わがまま言うな! お前は出来が良くないんだから空気くらい読め」と言われる始末。こうして彼は、何も言わない方がラクだと思い自分の気持ちに蓋をしてきたようなのです。そんな環境に嫌気が差した彼は、高校卒業後に家を出て働き始めたのです。自立のためでもあり、あの家から“距離を取るため”でもあったのだと思います。
しかし、家を出て距離を取ってからも、完全に縁が切れたわけではありませんでした。
義父から「妹の進学費用を援助してほしい」「妹のために……」と連絡が来るように……。断ると「長男なんだから援助して当然だろ?」と押し返されてしまい、お金を振り込んでいたのです。彼の中には「結婚しても、お金を要求され続けるかもしれない」という不安が残っていたのです。
結婚挨拶で突きつけられた“期待の正体”
結婚挨拶の日。手土産を持ち、彼と並んで玄関に立った瞬間から、 歓迎されていないことは何となく伝わってきました。
リビングへ向かうと彼の父の姿がありました。まるで品定めをするかのように私たちを交互に眺めてきました。そして義父が「結婚するんだって?」と切り出し、「でも長男なんだから今まで通り家のことは考えてもらわないとな」と言うのです。祝福の言葉より援助の催促に私は言葉を失いました。さらに「妹はまだ学生でお金が必要だ。若いしほしい物もたくさんある。お前は長男なんだから妹を支え続けてやれ!」と言い放ったのです。すると、彼の妹が姿を見せ「結婚しても実家優先だよね! 今までそうだったし」と一言。ここは結婚を喜ぶ場ではなく、彼がこれからも長男として実家を最優先に動けるかを確かめる場となったのです。
すると彼が「今日は結婚の挨拶と、もう一つ伝えたいことがあって来たんだ。結婚後は実家を最優先にする生活は考えていない」とハッキリと告げたのです。すると、それまで余裕そうだった彼の妹が顔色を変えこちらを睨みつけてきたのです。
水をかけられた瞬間、すべてが決まった
次の瞬間、 テーブルの上にあったコップをつかみ「あんたのせいでお金がもらえなくなるじゃない! こんな結婚認めない!」と私に向かって水をかけてきたのです。その瞬間、「この家は、彼を家族として扱っていない。都合よく使える存在としてしか見ていない」とはっきり分かりました。
すると、彼が私の前に立ち「もういい加減にしてくれ! もう長男だからの一言で俺の人生を操るな!」と言い放ったのです。続けて「新しい家族を紹介したかっただけなのに……。もう俺の家族は彼女だけだ」と言い切りました。彼の一言で空気が止まりました。初めて彼が反論したことに、義父は口を開きかけたまま言葉を失い、義母は視線を泳がせるだけ……。妹もいつものように言い返そうとしましたが、何を言っても通じないと悟ったのか、唇を噛んで黙り込みました。その沈黙が、今まで彼の人生を縛ってきたことを物語っていました。
彼は私の手を取り「帰ろう」とだけ言いました。私たちはそれ以上何も言わず、彼の実家を後にしました。玄関を出たとき、彼が「やっと俺の人生が始まった気がする……」とつぶやいたのを、私は忘れられません。その言葉通り、彼は過去を脱ぎ捨て、私たちは新しい人生を歩み始めました。これから作る私たちの家族は、誰かを犠牲にするのではなく、お互いを尊重し合える場所にしていこう。そう、心に誓っています。
◇ ◇ ◇
家族だからといって、相手を雑に扱っていい理由にはなりません。距離を置く選択は冷たさではなく、これからの暮らしを守るための決断。自分たちの家庭を立て直す一歩になるのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。