「妊婦はこれで十分だ!」臨月の私に残り物を渡す義父→夫に相談しても「普通」だと返答…数年後、私が下した決断

臨月に入った私が義実家で夕食をいただいたときのことです。食卓には煮物やお刺身、汁物などが大皿に盛られて並んでいました。
先に義父と夫が料理を皿に取り分け、私の分はほんの少しだけ残りものを渡されました。すると義父が「妊婦だからこれで十分だろう!」と言い放ち、一方的に私の食事を決めつけられ、何も言えませんでした。
その後も、義実家では、食卓の特等席には必ず義父が座り、私を含む女性陣は一段低い席に並ぶという暗黙の決まりがありました。食事のたびに、その席順が家の中の序列を象徴しているようで、どうしても居心地の悪さが拭えず……。
夫にも何度か相談しましたが、「いつものことだから」「これが普通だろ」と軽く流され、改善されませんでした。
義実家の男性優先の態度は改善されず、夫との関係にも溝が広がっていきました。最終的には、義実家の習慣だけが原因ではありませんが、心身の負担も重なり離婚を決断しました。
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この経験から、どんなに近しい関係でも自分の心や生活を守ることが大切だと学びました。また、改善されない環境では我慢するより行動する勇気が必要だと感じました。
著者:平野めお/30代・女性・会社員。子どもは4歳で女の子。時短だが会社員。趣味は音楽をきくこと。
イラスト:miyuka
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています
続いては、妊娠中の体調の変化に戸惑いながらも、必死に日々の生活をこなすママのエピソードです。おなかが大きくなり、思うように動けない体でスーパーへ買い物に出かけた際、見知らぬ人から……?
あまりのショックに立ち尽くし、自分を責めてしまいそうになったそのとき、周囲にいた人たちが取った「意外な行動」とは?
妊娠中、スーパーで「邪魔よ!」と怒鳴られ動けず…次の瞬間、近くにいた女性が壁になり放った“ひと言”とは

妊娠中、スーパーで買い物をしていたときのこと。おなかが大きく動きづらい中、少しゆっくり歩いていると、知らない年配の女性から突然「そんなにゆっくり歩いてたら邪魔よ!」ときつい言葉を浴びせられました。
驚いて立ち止まってしまったその瞬間、近くにいた女性数人がすぐに駆け寄ってきてくれました。
「今のはひどいですよ。妊婦さんにそんな言い方、ないですよね」
「大丈夫ですか? 無理しないでくださいね」
「気にしなくていいですよ。ゆっくりでいいんですから」
次々に声をかけてくれて、まるで“壁”のように私を囲み、守ってくれたのです。そのやさしい言葉を聞いた瞬間、ぎゅっと縮こまっていた心がふわっとほどけ、思わず涙が出そうに……。
さっきまで「私が悪いのかな」と落ち込んでいましたが、味方になってくれる人がいたことで「私は間違っていなかったんだ」と安心でき、気持ちが軽くなりました。帰り道は、悲しさよりも「こんなにもやさしい人がいるんだ」という温かい気持ちで満たされ、心が救われた日でした。
しばらくはスーパーで買い物をするのが少し怖く感じましたが、あのとき助けてくれた人たちの姿を思い出すと、不安がすっと和らぐようになりました。そして私自身も、困っている妊婦さんや子ども連れのママを見かけたときには、そっと声をかけたり手助けしたりするようになりました。
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妊娠中は体の変化だけでなく、周囲の視線や言葉に心が揺れることもあります。そんなとき、たったひと言の思いやりや行動が、大きな支えになることも。困っている人を見かけたら、無理のない形でそっと寄り添える社会でありたいですね。
著者:柴田 舞/40代・女性・会社員。5歳の子どもを育てるママ。趣味は映画鑑賞。
イラスト:さくら
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています
家族という密な関係性の中での無理解や、公共の場での理不尽な攻撃。どちらも自分ひとりではどうしようもない閉塞感に襲われ、深く傷ついてしまう状況ですね。
理不尽な環境に身を置かざるを得ないとき、我慢して自分を追い込むのではなく、自分の心を守るためにNOと言える強さ。そして、自分が余裕のあるときには、誰かの盾になれるようなやさしさ。どんなときも、自分と周囲の尊厳を守るために「正しく行動できる自分」でありたいですね。