妊娠が判明してから1週間。私のつわりは重くなる一方で、食事の準備もままならず、横になる時間が増えていきました。そんな私に対し、夫の態度は冷酷そのもの……。
「俺がいるときに吐かないでくれる? 嗚咽がうるさくて、飯がまずくなるんだよ」
夫は苦しんでいる私を労わるどころか、私の存在がストレスだとまで言い放ちました。食べられる物を選んで口にしている私を「わがまま」と呼び、私が「つわりには個人差がある」と説明しても、「妊婦だからって何でも許されると思うなよ」とバカにするのでした。
夫から下された信じられない命令
夫の要求はエスカレートし、ついには耳を疑う命令を下してきました。「俺が家にいる間は、2階のトイレにいろよ。どうせ動けないしすぐ吐くんだから、そこが一番合理的だろ」 冗談であってほしいという願いも虚しく、夫の目は本気そのものでした。
さらに夫は、吐く音が聞こえて不快だという理由で、家にいてもイヤホンをつけて生活するようになったのです。
「私はあなたの子を妊娠しているんだよ?」と訴えても、夫は「こんなに吐くなんて聞いていない」と冷たく返すだけ。私は夫の帰宅に合わせてトイレに籠り、スマホ越しにしか会話ができない、監獄のような生活を強いられることになりました。
夫が最も恐れる「あの人」突然の訪問
ある休日、兄が突然マンションを訪ねてきました。兄は夫にとって部活の直属の先輩にあたり、卒業後も頭が上がらない存在です。
夫はパニックに陥り、すぐさまLINEを送ってきました。 『お前の兄貴が来たぞ!早く出てこい!』
あまりの態度に呆れた私は『出ないよ。このままお兄ちゃんに、私をトイレで生活させてる姿を見せてあげたら?』と返します。
夫は『そんなことできるか!』と逆上しましたが、もはや手遅れです。ついには『出てきてください……』という懇願しますが、私はスルーしました。
兄は、妹が重いつわりの最中に2階のトイレへ閉じ込められているという異様な光景を目の当たりにすることになったのです。
動かぬ証拠
私のトイレ生活を知った兄は激怒。夫は顔を真っ青にして「言い過ぎただけだ」としどろもどろになりました。
しかし、私はこの数週間の間に夫から送られた罵倒LINEの記録をすべて兄に提示し、何が起きていたかを淡々と説明したのです。
「もう、この人とは一緒にいられない……」
私は兄の助けを借りて実家へ戻る準備をしました。夫は「反省している」「男にはつわりの本当のつらさがわからないから、つい……」と必死に縋り付いてきました。
しかし、最も心細い時期に妻をトイレに追いやった男の言い訳など、今の私には騒音にしか聞こえません。
逆ギレ夫の末路
数日後、夫は何度も実家へ復縁を迫りに来ましたが、私の意思は揺らぎませんでした。夫は「一生根に持つなんてどうかしてる」と逆ギレを見せましたが、その言葉こそが彼の本質だと確信しました。
この騒動は双方の両親にも知れ渡り、特に義母は「私もつわりが酷かったから、あんたのしたことは許せない」と激怒。夫は自分の味方が誰もいないことを知り、最終的に離婚に同意しました。
彼は周囲に私の不満を漏らしていたようですが、真相を知った同僚や友人たちからも「自業自得だ」と距離を置かれ、実家からも絶縁されるという、自業自得の結果を招くこととなったのです。
その後、私は実家の全面的なサポートのおかげで、無事に元気な赤ちゃんを出産しました。妊娠中は体調の変化も激しく、あのまま過酷な環境で耐えていたら、母子ともにどうなっていたかわかりません。今は子どもの寝顔を見ながら、平穏な毎日を過ごせる幸せを噛みしめています。
◇ ◇ ◇
「つわりは病気じゃない」と言われることもありますが、だからといって苦しくないわけではありません。つわりの期間は、人によって食べられるものも、動ける量もまったく違います。
まずは「無理をさせないこと」が大切。家事は手抜きで構いませんし、栄養バランスよりも「今、口にできるもの」を食べるだけで十分です。
そして何より重要なのは、まわりの理解と「つらいときは休んでいいんだよ」という安心感。大切な時期だからこそ、寄り添い、一番の味方でいられるような関係を築いていきたいですね。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。