支える決断と、重くなっていく生活
義実家の店は、表向きは順調に見えていました。ただ、取引先とのトラブルが重なり、少しずつ負債が増えていると夫から聞いていました。
夫は「売上はあるんだ。だけど、人手が足りない」と前置きしたあと、迷いなく「俺、会社を辞めて実家を手伝おうと思う」と言い放ったのです。あまりに突然で、私は言葉を失いました。収入はどうなるのか、生活は成り立つのか。現実的な不安が頭に浮かび、思わず口を開きかけました。私の不安そうな表情に気付いた夫は、声を震わせ「ここで店を畳んだら、父さんと母さんが路頭に迷ってしまうんだ……。頼む、助けてくれ」と言い、頭を下げるのです。必死な夫の姿を見て、私は結局うなずいてしまいました。 義両親との関係を壊したくなかったこともあります。何より「家族を助けたい」という夫の気持ちを、妻の私が否定していいのか分からなかったのです。
それから生活は一変しました。夫は実家に泊まり込み、家にほとんど帰らなくなりました。給料は出ず、生活費はすべて私の収入から……。家事も育児も、完全に私ひとりでこなしキツいと思う日々。でも「今だけ」「もう少し」 そう言い聞かせながら、私は毎日を回していきました。
善意で引き受けた“お金の管理”が、私を追い詰めた
夫が店に入ってしばらくしたころ、義母から「ごめんね! 今日出かけなくちゃいけなくて。領収書とか請求書なんだけど、税理士さんに渡してくれる?」と書類を渡されました。何気なく受け取って中を開き、私は思わず手を止めました。紙の種類も大きさもバラバラで、付箋やメモが貼られたまま。整理されているとは、とても言えませんでした。
私が戸惑っていると、義母は書類を指さしながら「これが仕入れね。で、こっちが今月払わなきゃいけない分! あと、この辺は来月までにどうにかすればいいかな〜って感じ」と一言。言葉は軽いのに、並んでいる金額は大きく、私が思っていた“少し大変”とは明らかに違っていました。詳しい意味までは分からなくても、赤字で囲まれた日付がやけに近いことだけは分かります。思わず私は「……これ、今月中に全額支払うんですか?」と聞くと、義母は「どうにかなるでしょ!」と笑うのでした。夫にも聞いてみましたが「現場のことしか分かんないから」 と、まともに話を聞こうともしません。その瞬間、私は少しでも力になれたらと思い、お金の管理を引き受けることにしました。税理士に確認を取り、支払いの期限を整理し家計と店の出入りを突き合わせる。大変ではありましたが、そうやって一つずつ確認していくうちに「何がいくら」というよりも、「常にギリギリで回している」ことがはっきり見えてきました。
そんな生活が続いていた、ある日のことでした。仕事の合間にスマホを見ると、夫から何件もの着信がありました。電話を掛け直すと「父さんと母さんが事故で……亡くなった」と呟きました。私は頭の中が真っ白になり、急いで義実家へと向かいました。そして、義両親の前に立った瞬間、涙が止まりませんでした。私は「もっと支えてあげられたんじゃないか」 そんな後悔ばかりが頭を巡っていたのです。 ――そして私は、この先に待っている 本当の裏切りを、まだ何ひとつ知らなかったのでした。
夫の勘違いと、静かな決着
葬儀後、しばらくして弁護士から相続の話がありました。淡々と告げられたのは、想像以上の金額。私は内心、「まあ、そうだろうな」と思っていました。赤字続きで、支払いの期限に追われて、毎月ぎりぎりで回していた。“何もない”なんて、むしろ不自然だったからです。
――なのに、隣の夫はなぜかニヤつき、さっきまで沈んでいた顔が、急に緩んだのです。私は夫が「“相続=お金をもらえる”」だと思っていることがわかりました。その瞬間、「……はは! これで財布係に文句言われなくて済むな! 今までお疲れ〜、お財布さん!」と私に向かって言うのです。聞き間違いかと思って黙っていると、夫は軽い調子で「今まで助かったけど、もう役目は終わりだろ! お前は財布役だったんだよ、出す係。それ以上でも以下でもない」と言い放ったのです。
その瞬間、胸の奥で何かが切れました。 怒りよりも先に、妙な納得が来たのです。 ――ああ、だから数字を見なかったんだ。――だから「どうにかなる」で済ませてきたんだと……。私は「離婚は構わない。その代わり、娘の養育費と然るべきお金はきちんと払って」と伝えました。すると夫は、余裕の笑みを浮かべ「問題ないでしょ! これだけの遺産があれば」と言うのでした。
数日後、元夫から慌てた声で電話がかかってきました。元夫は「おい、どういうことだよ! 家に督促が来てるんだけど!」と言うのです。私は「あなた、帳簿も説明も何ひとつ見てなかったでしょ。“相続の話が出た”って部分だけ聞いて、都合のいい想像をしただけ。マイナスの相続もあるんだよ?」と伝えました。電話の向こうで、夫が言葉を失うのが分かりました。私は「プラスもマイナスも含めて相続なんだよ。あなたの目の前にある相続、それが現実よ」と言いました。そして、「娘の養育費は払ってね?」と 告げて、電話を切りました。
◇ ◇ ◇
「家族のため」と言いながら、実際には自分に都合のいい部分しか見ていなかった夫の姿です。生活全体や負債の現実から目をそらし、「自分が得をするかどうか」だけで物事を判断した結果、そのツケは巡り巡って本人に返ってきました。因果応報とは、誰かに仕返しされることではなく、見なかった現実に自分が追いつかれることなのかもしれません。相手を都合でしか見られない関係からは、早めに距離を取り、新しい人生を選ぶことも必要なのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。