初めての介護、大変さをひしひし感じる日々
父が股関節を手術し、4カ月の入院。退院し自宅に戻ってきたときには、介助しないと、もう昔のようには歩けなくなっていました。病院でのリハビリの成果か、つえを使えばなんとか歩けますが、ひとりでは不安な状態。しかも歩くだけではなく、生活全般にわたり介護が必要になっていたのです。
自分でできることはやろうとする父でしたが、高齢に加え、入院生活の影響で足腰の筋力が低下。暮らしの中にさまざまな困難が待ち受けていました。大変なことの一つはトイレ。立ち座りには限界があるようで、その都度母が呼ばれて介助をしています。
他にも普段の着替えや、夜寝る際、何度もトイレに起きなくて良いようにはく下着の装着など、母は面倒がらずに頑張っていました。私たちは父のために懸命に世話をしたものの、初めての介護で、その大変さもひしひしと感じる毎日でした。
「もうダメ…」元気な母にもついに限界が!
そんな生活が続いた数カ月後のある日の夜、両親の寝室からゴトッという大きな音が聞こえたのです。父がふらついて転んだ!と思い、私は慌てて2人のもとへ行きました。見ると、父はちゃんと自分のベッドに横になっています。けれどその横に倒れ込んでいたのは母。うわごとみたいに「もうダメ、もうダメ」と言っていました。
大きな声で呼びかけても母には聞こえないのか、首を振りながら、同じ言葉をつぶやくばかりです。さすがに元気な母でも毎日の介護が体にこたえ、気持ちも限界を迎えていたのでしょう。私は一瞬うろたえましたが、横にいる父の姿を見ると、父はまだ寝る前の下着などの着替えが終わっておらず、心細そうな様子でした。とりあえずは、風邪をひかないように着せてあげなければと思い、私は動きだしました。
自分の痛みに耐えながら母や私を思いやる父
つぶやいた後、気絶したかのように眠ってしまった母を横目に、私は父の着替えに取りかかりました。私は、母に下着の着け方の手順を聞いておけばよかったな、と後悔しながらも、今はそれどころではありません。「私がやってみるから、ちょっと待ってね」と父に伝え、ああだこうだと言いながら、父が使う下着と寝間着を着せていきました。
なんとか着せ終わると、ベッドの上で父がラクな姿勢になるよう体を動かし、布団をかけました。そのとき、父がふと言ったのです。
「すまんね、ありがとう……」
普段から父が、母に対して感謝の言葉を伝えているのは聞いていました。けれど私に言ってくれた素朴なひと言が、なぜか妙に心に沁み、涙があふれてきたのです。
多分私自身に体力がなく、父の介護をあまり手伝えないことを申し訳なく思っている気持ちが、涙を誘ったのでしょう。それでも父は、面倒をかけてしまったと私を気づかい、ありがとうと言ってくれたのです。
さらには、隣に倒れ込んでいる母にも布団をかけてあげてくれと、心配をしていました。自分の体の痛みを我慢しても家族を思いやる父。昔から、怖い面もあったけれどやさしい父だったな、としみじみ思い出しました。
まとめ
介護は想像以上に体や心に負担をかけます。いつも元気で丈夫な母でも、気づかないうちに無理をしてストレスを感じ、かなりつらかったのだと思います。
介護生活は、これからもずっと続きます。今回のことを機に、父にはできることとしてリハビリをどんどん頑張ってもらい、母や私はそれぞれ無理をせずに「ぼちぼち」やっていこうと、家族で話し合いました。
父に「すまない、ごめん」と思わせるより、「幸せだ、うれしい」と感じてもらえるように暮らしていきたい、今は強く思います。まだまだ長いこれからの介護のある暮らし、母と父と3人で支えながら歩んでいこうと思います。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:琥珀乃 たびと/40代独身女性。契約社員として働く。高齢の両親と3人暮らし。珈琲とパン、甘いものが好きな食いしん坊。
イラスト/おみき
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年1月)
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