夫が婚約を破棄され、半年ほどがたったころ、私たちは仕事を通じて知り合いました。何度か顔を合わせるうちに、自然と夫の人柄に惹かれ、私から交際を申し込みお付き合いがスタート。傷が癒えていない夫を献身的に支え、結婚に至りました。現在は穏やかで幸せな日々を送っています。
ある休日、私たちは夫婦水入らずの時間を過ごそうと、クルーズ船で日帰りの船旅を楽しんでいました。しかし、デッキで海風に当たっていた私たちの前に、招かれざる客が現れたのです――。
夫を捨てた女性と偶然再会
「なんで貧乏人がクルーズ船にいるのよ?」
「場違いだから帰ったら?」
突然の罵声に驚いて振り向くと、そこには派手な装いの女性が立っていました。夫の顔が強張ります。彼女は夫がかつて婚約していたあの女性でした。
どうやら彼女は、隣にいる年配の男性とのデート中に夫を見かけ、声を掛けてきたようです。彼女は夫の身なりが質素に見えたのか、あるいは過去の記憶から「金のない工場作業員」と決めつけているのか、私たちが無理をして乗船していると信じ込んでいる様子でした。
「せっかくの豪華な雰囲気が台無しじゃない。あんたみたいなみすぼらしい人が同じ船にいると恥ずかしいんだけど」
彼女は隣の男性の腕にすがりつきながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべています。そんな彼女に夫は小さくため息をつきながら、静かな口調で言い返しました。
「俺の船なんだけど」
「は?」
夫の言葉を受け、一瞬驚いた表情をした彼女。しかしすぐに調子を取り戻し、鼻で笑います。「あぁ〜なるほど。強がりね? 貧乏人が背伸びして汗水垂らして稼いだなけなしの金をはたいて思い出作りしちゃって、泣けるわね〜」と再びバカにしてきました。
私と夫の縁
あまりに失礼な彼女の物言いに私がキレそうになっていると、夫はあきれたような顔で私を見たあと、彼女のほうを向き直って「この船、うちの会社が運航しているんだよ」と告げました。
実は、義実家の部品工場は、私が勤める海運会社と長年取引がありました。夫は、誠実な仕事ぶりと技術への理解が評価され、私の会社の社長と意気投合。その後、業務提携が進み、夫は義実家の工場を含む関連グループ会社の役員に抜擢されたのです。
私たちが乗っているクルーズ船は、夫が管理を任されているグループ会社が所有する船だったのです。
「嘘よ、そんなの信じないわ!」
彼女は顔を真っ赤にして喚き立てましたが、騒ぎを聞きつけた船のスタッフが夫にへりくだって「何かトラブルでしょうか」と声をかけたことで、場の空気は一変しました。
周囲の乗客からも白い目で見られ、連れの男性もバツが悪そうにしています。夫はスタッフに対し、冷静に指示を出しました。
「他のお客様のご迷惑になるので、この方たちには次の停船所でお引き取りいただいてください。もちろん、代金は全額返金し、帰りの手配もして差し上げて」
彼女はなおも何か叫んでいましたが、スタッフに促され、居心地が悪そうにその場を後にしました。
その後
後日、彼女から夫へ連絡が入りました。どうやらあの騒ぎの後、連れの男性に見限られてしまったようです。なんと彼女は「過去のことを反省した。本当はあなたが好きだった」と復縁を迫ってきました。夫が「妻がいる」と断っても、「浮気相手でもいいから」と食い下がる始末。
「これ以上、家族に迷惑をかけるなら警察や弁護士に相談する」と通告すると、ようやく連絡は途絶えました。
今では、夫は「あのとき、彼女の本性がわかって本当によかった。おかげで君と出会えたんだから」と笑って話しています。苦い過去も、今の幸せのための過程だったと思えば、決して無駄ではなかったのかもしれません。私たちはこれからも、お互いの信頼を大切にしながら、共に人生の舵を取っていこうと思います。
◇ ◇ ◇
条件や肩書きで人を判断し、掌を返すような態度をとっていれば、いずれ自分自身が信用を失うことになるものなのかもしれませんね。大切なのは、相手の置かれた状況が変わっても揺るがない信頼関係ではないでしょうか。相手の幸せを願うことで、自分自身の人生とも向き合う。パートナーに限らず、家族や友人など関わる人たちには、そんな誠実さを持って、お付き合いをしたいですね。
【取材時期:2026年2月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。