甥を預かるたび、わが家はぐちゃぐちゃに……。先週は掃除機を壊された上、甥のイタズラでトイレが詰まって大変でした。
それでも義姉はお構いなしに、急な外出を理由に強引に甥を置いていきます。今回は家の中で暴れ回り、テレビのリモコンを破壊。さらに夫の大切な仕事用の革靴まで台無しにしました。
「やめなさい」といくら注意しても、彼は聞く耳を持ちません。それどころか、私に対してひどい言葉を投げつけてくる始末で、私は精神的に追い詰められていきました。
さらに、その夜迎えに来た義兄にすべてを打ち明けると、それを聞いた義姉は逆上。「夫に告げ口するなんて卑怯よ! 人の家の子を悪く言うなんて何様なの?」と、猛烈な勢いで私を責め立てました。
私が、甥の振る舞いをそのままにすると本人のためにならないと諭しても、義姉は「うちは個性を大事にしてるの!」と聞く耳を持ちません。
甥の異変
実は、甥を預かっている間、私は彼の体調に違和感を覚えていました。私は妊娠前、看護師をしていたこともあり、多少病気に対する知識があります。それに、私の弟は子どものころにとある病気を患っており、そのときの様子と今の甥が重なって見えたのです。
どうしても心配になってしまい「一度検査をしたほうがいいのでは」と伝えたところ、義姉の怒りは頂点に達しました。
「うちの子がおかしいって言いたいの!?」「医者でもないくせに偉そうに!」
義姉にとって、それはアドバイスではなく攻撃としか受け取れなかったようです。息子の健康状態に向き合おうとしない義姉の姿に、私は言葉にできないほどの不安を覚えました。
このままでは手遅れになってしまうと直感した私は、独断で義兄へ連絡することにしたのです。
階段から転落!
その少し後、信じられない事件が起きます。義姉親子がわが家に遊びにきていたとき、甥が遊び半分で私のおなかに向かって硬い野球ボールを投げつけたのです。
咄嗟に避けた拍子に私はバランスを崩し、数段の階段から転落してしまいました。
そしてこともあろうに倒れ込む私を見て、義姉は「大丈夫〜?」と言ったものの、まったく心配している様子はなくスマホに夢中。甥を注意することもありませんでした。
急いで病院を受診したところ、幸い赤ちゃんには異常はなし。それでも私は寿命が縮まるような思いでした。
病院から帰宅した私に、なおも「おなかの子が無事ならいいじゃない」と無神経な言葉を投げかける義姉。私は「無事ではないのはあなたの息子さんのほうですよ」と伝えました。
私の言葉に義姉は青ざめました。実は私のすすめで義兄が甥を病院へ連れて行った結果、甥は私の弟と同じ病気だと診断されていたのです。
義姉の懲りないSOS
数時間後、自宅に戻った義姉から絶望したような連絡が入りました。義兄から、甥の病名と今後の治療方針を聞かされたそうです。治療には、家族による徹底したサポートが不可欠です。
「あんな自由奔放な子、ひとりでは無理! 手伝ってよ!!」と泣きつく義姉。しかしもう同情の余地はありません。
「これまで個性が大事だと言って、彼のすべてを肯定してきたのはお義姉さんですよね? だったら最後まで、しっかり向き合ってあげてください」
そう告げて、私はスマホを置きました。彼女の自分勝手な言葉に、もうこれ以上付き合う気力は残っていませんでした。
私に預けることで得ていた自由時間を失った義姉ですが、甥の病気に直面して心を入れ替えたのか、最近は少し落ち着いたように見えます。治療は楽なものではありませんが、義姉が自分に向き合ってくれるようになったことで甥も嬉しそう……。
この様子ならしっかり治療に向き合えるのでは、と思っています。
その後、私は無事に元気な赤ちゃんを出産しました。義姉の姿を反面教師として、私はわが子に「相手を思いやる心」を伝えていくのだと、強く心に誓っています。
◇ ◇ ◇
「個性を尊重する」ことと「わがままを放置する」ことは決して同じではありません。子どもの自由を優先するあまり、周囲へ迷惑をかけていることに気付けなければ、いつか取り返しのつかない事態を招きかねません。
そして身近な人からの真剣な助言に耳を傾け、謙虚に向き合う姿勢こそが、結果として大切な家族を守ることにつながります。親としての責任を自覚し、周囲への思いやりを忘れずにいたいものですね。
【取材時期:2026年2月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。