「孫を産めない?離婚!」不妊を告白すると義母が豹変し絶縁。3年後…戻ってこい?義母が土下座!絶望のワケ♡

私は夫と、生まれたばかりの娘と3人で、穏やかな毎日を送っています。この穏やかな生活を手に入れるまでには、想像を超える義母との戦いがありました。
それは、結婚して1年が過ぎたころ。毎日のようにやってくる、義母のピンポンの恐怖が始まりました。
「子どもまだ?」義母の暴走
毎日のように玄関のチャイムが鳴り「こんにちは! 居るんでしょ? 開けて!」と迫る義母。インターホンに写る義母の姿を見るたびに、私は胃がキリキリしました。
わが家に来て早々、義母は「孫はまだ?」「ちゃんと夫婦生活してる?」「早く産まなきゃ手遅れよ!」と、そんな言葉を毎日浴びせられる日々。ズカズカと家に上がり込み、冷蔵庫を開けるのも当たり前。私が断ろうとしても、「気にしないで〜♪」と笑って押し切る義母。
義母は、義母の妹と孫の数を張り合っていたのです。妹にはすでに孫がいて、義母は「負けたくない!」と執念を燃やし、 私たち夫婦に異常なまでに孫催促していたのでした。
私の告白に義母が罵倒!
義母から毎日のように「孫はまだか!?」と追い詰められた私は、心も体も限界寸前でした。もう耐えられないと感じた私は、夫と一緒に不妊検査を受けることにしました。
検査の結果、私は今のままでは妊娠は難しいと言われてしまったのです。検査後、夫は「母さんがしつこく迫るから……。本当に申し訳ない」 そう言って、私を支えてくれました。夫は昔から義母と衝突してきたタイプ。母親に強く言える人だったので、私は救われていました。でも、その強さをもってしても義母の暴走は止まりませんでした。
検査結果を義母に伝えると「なによそれ!! 今すぐ離婚しなさい! 息子には新しい嫁をあてがうから!」と激怒!
呆然とする私に、さらに「親戚中にもうすぐ孫ができるって言っちゃってるのよ!」と怒鳴り散らされ、私は声も出せませんでした。
すると夫が「母さん!いい加減にしろよ!!」と反論し、ようやく私は我に返りました。続けて夫は「母さんとは縁を切る。もう二度と俺たちに関わるな!!」と言い放ったのです。
私たちは精神的にも限界を迎え、夫婦で話し合って引っ越しを決意。連絡も断ち、絶縁することになったのです。
3年後、義母が泣きついてきた!?
あの日から3年が過ぎ、ストレスから解放された私は無事に娘を出産! 穏やかな日々を過ごしていました。
そんなある日、スマホに公衆電話からの着信が。電話に出ると「妊娠したって聞いたわ! 今すぐうちに戻ってきなさい!」と聞き覚えのある声が……。着信拒否をしていた義母が、なんと公衆電話から連絡してきたのです。
すると義母は、同居していた義弟が家を出て行ったというのです。義母は、義弟にまで「孫を産める嫁を探せ」とプレッシャーをかけ、生活費も当然のように要求していたようです。義弟に見放された義母は生活費もなく、さらに孫欲しさから「戻ってきてほしい」と、都合良く私に泣きついてきたのです。
義母は「前のことは許してあげるから! 孫に祖母がいないなんて可哀想でしょ!?」と自分勝手な言い訳を……。あまりにも理不尽な発言に私は「今さら戻るつもりなんてありません」と告げ、電話を切ったのでした。
その数日後、私たちが私の実家でくつろいでいると、玄関のインターホンが鳴りました。すると「息子たちがどこに住んでるのか教えてください! お金もないし、ひとりじゃ生きていけないんです!」と泣き叫ぶ義母の声が。慌てて玄関に向かうと、そこには土下座して泣き叫ぶ義母の姿。
すると母は「孫が産めないからって離婚を迫って、今度は自分が困ったから戻ってこいだって? 全部自分の思い通りにしようとしてきた結果がこれなんだよ! 自業自得! 通報されたくなかったら、帰って!」と反論してくれたのです。母の言葉を聞き、義母は崩れ落ち、その場を這うようにして去っていきました。
その後、義母はなんとか仕事を見つけ、生活していると義弟から聞きました。私たちの前に義母が現れることはなく、穏やかな日々を取り戻しました。今は家族3人で仲良く平和に過ごしています。
◇ ◇ ◇
理想を押しつけて人を支配しようとする人は、いつか周りから見放されてしまいます。
家族であっても、踏み込んでいい境界線はあります。自分の価値観を他人に強制して、相手を追い詰めるような人とは距離をとる勇気も必要です。相手の理想の人生ではなく、自分の本当の幸せを選び取る。それが、人生を豊かにするいちばんの方法なのかもしれませんね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
続いては、体調不良の嫁を家から閉め出した鬼義母が引き起こした事件。具合が悪いと訴える嫁を「甘え」と断じ、厳寒の屋外へ荷物ごと放り出す非道な仕打ち……。
さらに「離婚届」まで送りつけてきた義母に対し、限界を迎えたママが突きつけたのはまさかの「アレ」でした。勝った気でいた義母をどん底に突き落とした、逆転劇とは!?
「不妊嫁は出てけ!」離婚届を送りつけてきた義母→離婚を受け入れ、エコー写真を送付♡事実を告げると?

結婚して10年。同居している義母からネチネチ嫌みを言われ続けています。なかなか子宝に恵まれないことが大きな原因のひとつです。前向きな私は、義母から何を言われても、何をされても、のらりくらりとかわしていますが……。
私も夫も不妊検査をしましたが、特に異常は認められていないため、子どもを持つことはまだ諦めていません。しかし、どうしても孫がほしい義母からは潔く夫と別れろと言われています。
「子どものいない人生もいいよね」と言ってくれる夫。たとえ、子どもができなくても私たち夫婦は別れるつもりはありません。
玄関ドアにチェーンをかけられ…
最近、なんだか体調がすぐれない私。ある日、仕事中に気分が悪くなり会社を早退しました。家に帰って休みましたが、回復せず、夕飯の支度ができそうにないので、デリバリーを頼もうと義母に提案。
すると、義母はイライラしながら「ちょっと具合が悪いからって大げさね」と言ってきました。私が「職場で胃腸炎が流行っていたのでもしかしたら……」と言うと、今度は「早く言いなさいよ! うつすな! 寝室から出るな!」と言ってきた義母。
そして義母は「うつるからもうしゃべるな! 料理もしばらくするな!」と言って、私をリビングから追い出したのです。仕方がないので私は寝室に戻り、横になっていると、義母からメッセージが届きました。
私に料理をさせないということは、しばらくの間は義母が代わりに作ってくれるのかと思ったのですが、義母は「毎食外食するからお金をよこせ」と言ってきたのです。義母は働いていないので、1日中家にいます。こんなときくらい、少しは家事をしてくれてもいいのに……。
結局私はそれから1週間ほど寝込んでしまい、体調が回復しなかったため、病院に行きました。そして病院から帰ると、なんと玄関のドアにチェーンがかけられていたのです。家の中にいる義母に電話をすると、「ごはんも作れない。子どももいない。もう我慢の限界よ!」と怒り出し、「この家に、もうあなたの居場所はないから!」と言われ電話を切られました。さらに、駐車場には、私の荷物が雑に放り出されていて……義母は私を追い出すつもりのようでした。
私が放り出されていた荷物を眺め、ぼう然と立ち尽くしていると、「もう帰ってこないで。今すぐ出ていけ!」と義母からメッセージが。
家に入れないので、夫が帰ってくるまでファミレスで時間を潰すことにした私。夫と合流して事情を説明し、夫と一緒に帰宅しました。すると義母は、夫を味方につけて帰宅した私のことが気に入らなかったようで、「あんたが出て行かないなら私が出ていく!」と大激怒。
義母は夫に「この女が出ていくまで私は戻らないから!」と吐き捨て、叔母(義母の妹)の家に向かいました。義母はきっと、夫は私ではなく母親である自分を取ると自信があるのでしょう……。
離婚届のお礼に義母へプレゼント
義母が出ていって数日後、送り主不明で私宛に封筒が届きました。確認すると、なんと中身は離婚届。こんなものを送ってくる人は義母しかいません。そして翌日、義母からメッセージが届きました。
「離婚届は届いたかしら?」
「不妊嫁はさっさと出ていけ!」
やはり離婚届を送りつけてきたのは義母でした。義母は、どうしても夫と離婚させたいようで……。
「サインして返送しました!」
「ついでにエコー写真も付けときました♪」
離婚届を受け取った日の夜、私はあることを思いつきました。それは、この離婚届を夫に突きつけ、義母との関係を清算させるチャンスにすること。私は夫に、「お義母さんから離婚届が届いたわ。もう限界みたい。あなたはどうしたいの?」と問いかけたのです。
夫は驚きながらも、「まさか、母さんがそんなことを……」と信じられない様子でした。そんな夫に私は続けて、「私はもう耐えられない。あなたがお義母さんを選ぶなら、離婚しても構わない」と告げたのです。
私の言葉で、夫は初めて事の重大さに気づき、真剣に私たちの未来を考えたようです。そして、義母との関係を断ち切り、私と子どもを守ると決意を固めた夫。私は、夫の決意を確かめるために離婚届に自分のサインをして、義母に返送。同時に、妊娠している事実と、離婚後の私たちの生活設計を伝え、義母へはこれまでのような経済的支援ができないと伝えました。
私がそう伝えると、義母はガラッと態度を変えてきました。「離婚しなくていい! 出ていかなくていい!」と言います。そして、「孫を連れていかないで! 私を見捨てないで!」と懇願されました。
しかし、荷物を放り出され、家から閉め出された今回は、さすがの私も傷つきました。義母からの嫌みを明るく受け流すのももう限界なのです。これ以上、義母と一緒に生活するつもりはありません。
私と子どもを守ると決めた夫の決意
それから義母は「離婚届は破棄した! もう何も言わないわ! だから同居させて」と何度も連絡してきましたが、私は「ごめんなさい」と断り続けました。すると義母は、今度は夫にしつこく連絡してくるように。
しかし、その夫も「もう母さんとは生活できない」と義母との同居を拒否。義母は結局、そのまま叔母のところへ転がり込む形で、私たちとの同居は解消となりました。私は、叔母に事情を話し、義母の荷物をすべて叔母の家に送ることに。返送した私のサイン済み離婚届も、破棄されたことを、叔母が確認してくれました。
そして私たちは、この機会に、子どもと家族3人での暮らしに備えて引っ越すことにしたのです。この家も、叔母の家の近くがいいとエリアを限定され、友人と会うのに便利だからと路線を限定され、義母のワガママで借りていました。そのため、私も夫も通勤が不便でたまらなかったので、すぐに新居探しを開始。
あっという間に理想の新居も見つかり、義母には引っ越し先を伝えず、無事に引っ越し完了! そして「もう俺たちには関わらないでくれ。子どもにも会わせない。元気でね」と義母に別れを告げた夫。
義母は「もう嫌な思いはさせないから、孫には会わせて。いいおばあちゃんになるから」とすがってきましたが、夫の決意は揺るぎませんでした。
義母は、叔母からいつまでも居候されるのは困ると追い出され、パートを始め、ひとり暮らしを始めたそうです。私たちは夫婦2人だけの穏やかな時間を満喫しながら、生まれてくる子どものための準備を進めています。
◇ ◇ ◇
孫を望む強い気持ちが、皮肉にもその孫との未来を自ら遠ざけてしまう結果となりました。本当に大切なものを手放さないためには、どうするべきなのか、何が必要なのかを考え、行動することが大切です。夫婦2人で子どものために手に入れた家族の幸せが、この先もずっと続くことを願っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
相手の気持ちを無視した発言や、一方的な価値観の押しつけは、単に相手を傷つけるだけでなく、積み上げてきた「信頼」を一瞬にして崩壊させてしまうことが……。特に家族という甘えから放たれた言葉は、修復不可能な亀裂を生むことも少なくありません。
孫を望む気持ち自体は自然なことですが、その執着が周囲を不幸にしては本末転倒です。親しい間柄こそ「親しき仲にも礼儀あり」を心がけ、相手の立場を思いやる節度ある距離感を大切にしていきたいですね。