善意が“当然の役割”に変わっていく
引き受けた瞬間から、私の日常は結婚式準備に飲み込まれていきました。 仕事を終えて帰宅し、夕飯と片付けを済ませたら、そこから深夜まで制作作業。
最初は「喜んでもらえるなら」と前向きだったのに、修正は終わりが見えません。プロフィールムービーを送ると親友は「このフォント、もっと可愛くならない?」「写真追加したから入れて」「やっぱ曲変えたい」とわがまま放題。人生の大きなイベントなのでこだわりたい気持ちもわかります……。なので私は「うん、分かった」と返し、満足してもらえるように指示に従っていました。修正の連絡は夜遅くでもお構いなし。返信が遅れると、次の指示が追い打ちのように届きます。ウェルカムボードにプロフィールムービー……。気づけば休日はすべて準備に消え、私の予定は「結婚式のため」に空白になっていました。
ある夜、準備に追われる私を見た夫が「それ、普通はプロに頼む量だよ。お礼とか、ちゃんと話出てる?」と呟いたのです。私は一瞬だけ言葉に詰まりましたが「親友だし、大丈夫」と、誤魔化しました。そう言えば、お礼の話が出ていない……。胸の奥には疲れと、説明できない違和感がじわじわ溜まっていきました。
招待されていない!?衝撃の事実
式まであと2週間、修正に追われる中でふと気づいたことがありました。――招待状が届いていないのです。私は「ここまで密に連絡してるんだし大丈夫だよね……」と思おうとしても、周りの友人の「招待状、届いたよ」という声に不安を覚えました。
嫌な予感が濃くなり、私は親友にメッセージを送ったのですが、来るのは修正のメッセージだけ。私が不安を伝えるほど、相手が遠ざかっていくような感覚だけが残りました。数日後、届いた返事は私の質問に答えるものではなく「当日は遅れないでね!」と一言。招待状の話には触れないまま、曖昧な返事に私は「もしかして……便利に使われているだけ?」と嫌な予感が走りました。それでも途中で投げ出す勇気は出ませんでした。ここで私がやめたら、関係者や他の友人にまで迷惑がかかる。自分の善意が、いつの間にか“責任”にすり替わっていたのだと思います。 ただ、そのときから私は決めました。 最後までやるとしても、もう“親友”としては動かない。必要なことだけを淡々とこなそう、と……。
そして迎えた当日、控室で彼女に声をかけると「今日は忙しいからよろしくね! あなた、準備係なんだから」と笑顔で言い放ったのです。私は反射的に何か言い返しそうになりました。でも、その気持ちは飲み込み、ただうなずくことしか出来ませんでした。ここで揉めても「今日一日が台無しになってしまう」と思い、言いかけた言葉を押し込みました。その瞬間、私の中で何かが切り替わりました。 “友だち”として耐えるのは終わり。私はもう、私のために動こう――そう腹をくくったのです。
拍手の向こうで変わった空気
親友の言葉通り、私は受付準備や進行確認を手伝いながら会場を回っていました。スタッフの方は丁寧でしたが、どこか一線が引かれていました。というのも、私は“ゲスト”ではなく“関係者”として扱われていたから……。
披露宴が始まり、私は会場後方で進行を見守っていました。やがて中盤、司会者が穏やかな声で「会場入口のウェルカムボードや、先ほどのプロフィール映像は、新婦のご友人のご協力により制作されたものです」と一言。続けて「制作に携わってくださった方に、感謝の拍手をお願いいたします」と言うと、会場に温かな拍手が広がります。すると司会者が「彼女に拍手を!◯◯さんお立ちください」と声をかけられましたが、私は進行サポート中。さらに席はありません。私が「席はないので、こちらで失礼します!」と会場の隅で立ったまま挨拶をすると、みんなが「え?席がないってどういうこと?」「全部準備した友人じゃないの?」と会場がざわめきました。その瞬間、新郎と目が合いました。彼は驚いた表情のまま、私に向かって静かに会釈しました。
披露宴後、新郎が丁寧に頭を下げ「ここまで支えてくださっていたと知りませんでした……。本当にすみません。ボードや映像も外注したと聞いていました。招待もせずに準備だけお願いするなんて……普通じゃないです。人として、やってはいけない線を越えていると思います。今日のことはどうしても見過ごせません」と謝罪をしてくれました。その言葉を聞いたとき、胸の奥で固くなっていたものが静かにほどけていきました。
後日、これまでのやり取りが新郎側にも伝わり、彼女の人への接し方や価値観が問題となったと聞きました。そして異例のスピード離婚……。その後、親友から着信がありましたが、私はもう関わりませんでした。関わる必要もないと思えました。
◇ ◇ ◇
善意で動く人ほど「断らない=当たり前」にされやすいもの。違和感を覚えた時点で線引きを言葉にし、自分を守る選択をすることが自分を守る近道なのかもしれませんね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。