ある日突然、長年お世話になっている取引先の社長から、急な呼び出しを受けました。しかも、上司は連れずにひとりで来いとのこと。特に仕事上でトラブルがあったわけではないはずです。
なぜ呼び出されたのか見当がつかず不安でしたが、上司に報告し、訪問することに……。
社長の予想外な提案
到着すると、応接室に通されました。今後の取引についての話かと思っていたのですが、社長の口から告げられた内容は予想外のものでした。
「私の息子と結婚してくれないか」
あまりに唐突な要望に困惑したものの、さすがにきっぱりとお断りしました。すると、「君が断るというなら……わかるな? 今後、君の会社への発注規模は見直させてもらうよ。君が首を縦に振れば、君の会社との取引は今後も継続しよう。君自身の営業成績にも貢献できるだろう?」と、取引を盾に私が断れないよう圧力をかけてきたのです。
私はそれでも丁寧にお断りしようとしたのですが、社長は聞く耳を持ちません。顔合わせの日時と場所を強引に伝えられ、そのまま話を打ち切られてしまいました。その後、再度面会を頼んでも取り次いでもらえなかったため、仕方なくそのまま帰社し、上司にすべてを相談しました。
上司は「そんな強要を受け入れる必要はない。会社としてもコンプライアンスの観点から対応を協議する」と言ってくれたものの、長年の取引先との関係をどう円満に収めるべきか、すぐに答えは出ませんでした。
帰宅後、両親にすべてを打ち明け、相談に乗ってもらいました。すると母は、「私に任せなさい」と言ってくれたのです。実は、母は以前、私が勤める会社で長く事務員として働いており、顔が広く、会社の事情にも詳しかったのです。
母が当時の知人に『最近あの会社、何かあった?』とそれとなく聞いてみると、社長の強引さは取引先の間でも有名で、社内でも不満が出ているらしいということがわかりました。さらに、社長の奥様が療養中で、家のことを理由に息子さんが身動きしづらい状況だという話も。そこで私は対策を練り、意を決して顔合わせの場へ赴き、直接お断りすることにしました。
母の言葉と証拠で揺らいだ権力
顔合わせ当日。相手の強引な進行を阻むため、私も両親を連れて行きました。私がおとなしく同席したことで、社長は「これで話がまとまる」とご満悦。息子さんも覇気のない様子で「愛情はなくて構いません。結婚しましょう」と……。
しかし、私たちは婚約するためにこの場に来たのではありません。先に口を開いたのは母でした。
「息子さん、お母様の療養のことで、いろいろ大変だと伺いました。でももし、そのことを理由に、あなたの意思が置き去りになっているなら、それはおかしいんじゃないですか?」
すると、社長も息子さんも驚いた顔でこちらを見ました。どうやら図星のようです。母が当時の知人から聞いた話によると、社長は療養中の奥様のサポートを盾に、息子さんを会社の跡継ぎとして自分の思い通りに動かそうとしていたのです。そのため息子さんは、社長の言いなりになっていたのでした。
母は続けて、「あなた自身の人生は、あなた自身で決めるべきですよ」と息子さんを説得しました。さらに、取引のある会社間でも問題視されていた社長の公私混同や、不当な圧力についても指摘しました。
社長は「デタラメだ! 取引先の分際で!」と最初こそ反論しましたが、次第に焦りが見え始め、「そんな作り話、誰も信用せん!」と言い出しました。そこで私は、社長に呼び出された日に、上司から『念のため、記録は残しておこう』と言われ、商談メモとしてスマホで録音していた会話を再生し、「取引を盾に縁談を強要した音声ならここにあります」と告げました。
ここで、ついに息子さんが口を開きました。
「おっしゃる通りですね。こんな強引なやり方で結婚はできない。父さん、僕はもう従わない! 母さんのことは僕がなんとかする!」
社長は、今まで従順だった息子さんが反抗したことで、あぜんとしていました。息子さんは私たちに向き直り、社長の非礼を誠実に謝罪してくれたあと、これ以上父親のやり方には加担できないと言い残し、その場を後にしたのです。
権力を振りかざした代償
その後、息子さんは社内の監査役や他の役員に相談し、社長のやり方について正式に調査が入ったそうです。数週間後、役員会で代表権の扱いが見直され、社長は事実上の失脚となりました。
私の会社にも息子さんから丁寧な報告と謝罪があり、取引自体はクリーンな形で継続されることになりました。社長は社内での実権を失い、今は閑職に追いやられているそうです。
息子さんは自立して会社に残り、社内環境の改善に努めていると聞きました。お母様の療養もご自身でしっかりサポートし、前向きな人生を歩み始めているそうです。
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権力や立場を利用して人を支配しようとする行為や、取引を盾にした強要は、決して許されることではありません。不当な圧力に屈せず、たしかな証拠を持って毅然と対応することが大切なのだと痛感しますね。不条理な要求をされたときは、ひとりで抱え込まず、信頼できる人に相談し、冷静に対処できるよう動きたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。