「こんな泥だらけの野菜、ありえない!」
新女将は野菜を見下すような態度を取り……「もっと安くしろ」「たりなくなったら今すぐ持ってこい」など、理不尽な要求も増えていきました。それでも私は「先代への恩返しだから」と社員たちをなだめ、耐え忍んでいたのです。
そんなある日、新女将から突然、農園に呼び出されました。「あのさ、もうお宅の野菜はいらないから。今日で契約終了で!」
突然の宣告に驚く私に向かって、新女将は鼻で笑いながら言い放ちました。
「泥はついているし、形も不揃いだし。うちみたいな高級料亭には合わないのよ! これからは、私の知り合いの業者が、もっと見た目のきれいな野菜を安く入れてくれることになったから」
先代との長年の絆を、こんなにもあっさりと断ち切られるなんて……。ショックで言葉を失う私をよそに、新女将は「せいぜい他の売り先を探すことね」と冷たく言い放ち、去っていきました。
契約打ち切りで絶望…しかし社員は歓喜
農園に戻った私は、重い足取りで社員たちに契約打ち切りを報告しました。「みんな、本当に申し訳ない。私の力不足だ……」
すると、社員たちの口から出たのは、思いもよらない言葉でした。
「社長! おめでとうございます!!」
「ついにこの日が来ましたね! 待ってました!」
なんと社員たちは、満面の笑みで拍手喝采し始めたのです。わけがわからず呆然とする私に、ベテラン社員が言いました。
「社長がずっと我慢してくれていたのは、みんなわかっています。でも、あんな理不尽な買いたたきや無茶な要求に、現場はもう限界だったんです。これでやっと、うちの本当においしい野菜を、適正な価格でより多くの人に届けられますよ!」
その言葉に、私はハッとしました。恩義に縛られすぎるあまり、本来いちばん大切にすべき社員たちに無理をさせていたことに気づいたのです。
それぞれの選択、その先に待っていた結末
料亭への納品義務がなくなった私たちは、すぐに通販サイトを立ち上げました。最初こそ苦戦しましたが、購入してくださったお客様の口コミで「味が濃くて本当においしい!」「子どもが初めて野菜を食べてくれた」とSNSで評判が広がり……やがて注文が殺到。農園の売上は過去最高を記録しました。
一方、私たちが去ったあとの料亭は悲惨な状況だったようです。野菜だけでなく食材の仕入れ先を次々と安い業者に切り替える新女将に反発した、長年勤めていた板長や料理人たちに対し、新女将は「私のやり方に文句があるなら辞めろ!」と、次々に追い出してしまったといいます。
その結果、料理の質は著しく低下。「味が落ちた」「先代のころの面影がない」と常連客は次々と離れていき、あっという間に評判はがた落ち。今ではすっかり客足が途絶え、休業状態に陥っていると風の噂で聞きました。
たまに新女将から「やっぱり、また契約してあげてもいいわよ」と連絡が来ますが、もちろんお断りです。これからも社員たちとともに、本当においしい野菜を待ってくれているお客様のために、笑顔で土と向き合っていこうと思います。
◇ ◇ ◇
信頼は一方通行では続きません。だからこそ、自分たちの価値を正しく認めてくれる場所を選ぶ勇気もまた、経営者として、そしてつくり手として大切なのかもしれませんね。
【取材時期:2026年2月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。