叱られてばかりの私に、義母がくれた“ひと言”
夫はいつも私を叱りました。料理には毎日ダメ出しをされ、親戚の名前が覚えられずに夫に聞こうとすると「ちゃんと覚えろよ」と怒られます。夫には聞きづらく、つい義母を頼ってしまうと、義母に話しました。
義母は少し困ったように笑いながら、「1回会ったくらいで覚えられるわけないわよ。料理も慣れよ。私も昔は苦労したわ」と言ってくれました。さらに、「私には何度でも聞いていいからね。もう私の娘なんだから、絶対に怒らないからね」と笑顔で続けてくれたのです。
私はその言葉に救われました。結婚してからずっと小さく縮こまっていた心が、ふっとほどけた気がしました。
義母が病気に…夫が真っ先に口にしたのは
そんな穏やかな時間は、突然終わりました。義母にがんが見つかり、転移している可能性もあるというのです。
私は言葉を失いました。義母はまだまだ元気で、教わりたいこともたくさんあるのに……。あまりに突然で、心が追いつきませんでした。ところが、夫の口から出てきたのは、義母の体を案じる言葉ではありませんでした。
「もし何かあったら、父さんのことどうしようかな……」
「母さんには父さんの介護をしてもらいたかったのに」
義父は介護が必要な状態ですが、夫の口から出るのは“介護”のことばかり。私はショックを受けながらも、「明日は私が行くよ。お義父さんも不安だろうし」と言いました。すると夫は心配する様子もなく、「これからいろいろ頼むわ」とだけ言ったのです。
その瞬間、胸の奥に小さな違和感が残りました。
「茶箪笥に…」義母が私にだけ打ち明けたこと
それから1カ月後。私は義母が入院している病院へ、1人でお見舞いに行ったときのこと。義母は静かに言いました。
「私はもう長くないでしょう。お葬式代は用意してあるから、前もって口座から引き出しておいて。私に何かあってからでは引き出せなくなるからね」
さらに、寝室の茶箪笥の上から2段目にあるノートの存在を教えてくれました。葬儀社や親戚の連絡先、段取り――“その日”に向けた準備が丁寧に書き残されているといいます。私は泣きそうになりながら、「すごいですね」としか言えませんでした。
そしてもうひとつ、義母は私にお願いしました。「茶箪笥の片付けは、あなたにお願いしたいの。あれは私の大事な嫁入り道具だから」
私は頷き、「丁寧に扱います」と伝えると、義母は「あなたのおかげで、穏やかな最期を迎えられそうよ」と言いました。
義母の死後、夫「母さんの代わりに…」その瞬間
それからほどなくして、義母は急変し、あっという間に旅立ってしまいました。2週間後、遺品整理の最中、夫は茶箪笥を見て言いました。「あんな古くてボロい箪笥、捨てちまえよ。売っても金にならないし、ゴミにしかならないだろ」
私は「あれは形見だよ。なんでそんなことを言うの」と言い返しました。夫は最初の1日だけ顔を出し、金目の物がないか確認すると帰ってしまいました。
そして、「母さんの代わりに、これから父さんの面倒を頼むな。母さんがしていたことは全部、嫁であるお前が引き継ぐんだ」と言ったのです。
私は静かに答えました。「私が引き継ぐのは、お義母さんの意思だけ。お義母さんの遺言どおり、私は家を出ていきます」
茶箪笥の奥に残された、義母からの警告
夫は目を丸くしました。「遺言? そんなの知らないぞ」
私は、義母に頼まれて片付けた茶箪笥の引き出しの奥に手紙が隠されていたことを伝えました。私宛ての手紙。そこには、こう書かれていたのです。
――すぐにこの家から逃げなさい。
――この家に嫁いだ女は一生こき使われる。ボロ雑巾にされる前に逃げなさい。
夫は信じられないと怒りましたが、私ははっきり言いました。義母はあなたたち(義父や夫)に失望していたのだと。自分をこき使い、感謝の気持ちもない。入院しても、お見舞いにもほとんど来なかった。それがすべてです。
夫は「金を稼いで家を守っているのは男だ。女より男が大切にされるのは当然だろ」「離婚なんて許さない」「嫁としての責任を放棄するな」と言ってきましたが、私の気持ちは揺れませんでした。
私が「介護を自分でやりたくないだけでしょ。そんなに大黒柱のお義父さんが大事なら、あなたが世話をすればいいじゃない」と言うと、夫は「そんなの俺の仕事じゃない」と吐き捨てました。
夫はしぶりましたが、親戚の女性が味方になってくれ、どうにか離婚することができました。離婚後、夫は義父の面倒を見ていたようですが、心身ともに疲れ果て、嫌がる義父を施設に入れたと聞きました。親戚の話では、かつて威張っていた面影はなくなり、ひとりでひっそりと暮らしているとのことです。
私は、義母から病院で言われた「自分に誇りを持って、強く生きてね」という言葉を胸に、自分の人生を自分の足で歩いていきたいと思います。
◇ ◇ ◇
家族であっても、理不尽に耐え続ける必要はありません。自分の人生を守る選択は、決して「わがまま」ではないはずです。自分を大切にする勇気が、未来を変える第一歩になるのかもしれませんね。
【取材時期:2026年2月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています