帰省してすぐ、従姉妹の結婚式が無事に終わりました。和やかな雰囲気の中、親族の皆さんとも楽しく過ごせたはずです。
ところが、式の翌日、私は38度を超える高熱で倒れてしまいました。慣れない土地での疲れが一気に出たのかもしれません。夫は地元の友だちと出かける用事があったので、私は2階の寝室で横になることにしました。
しばらくして義母からメッセージが届きます。それは体調を案じる内容ではなく、体の弱い嫁をもらったと親戚に言われて恥をかいたという不満でした。
さらに、親戚を呼んで宴会をするから部屋から出てくるなと命じられ、私は静かに横になっているしかありませんでした。
義母からのメッセージ
義母からのメッセージはそれで終わりません。「嫁なのに寝ているだけなんて……」「掃除をさせるつもりだったのに、当てが外れて迷惑だ」といった不満が、通知音とともに次々と画面を埋め尽くします。
私が反論しないでいると、義母の言葉はさらにエスカレート。結婚式で親族に笑顔で挨拶していた私のことを、誰にでも愛想を振りまいてこびを売っていたとけなし、皆が「腹黒そう」「遊んでいそう」と噂していたと言いました。
胸が痛みましたが、熱で朦朧としていることもあり、返事をする力も出ません。
押し付けられた買い物
決定的な出来事はそれからすぐに起こりました。寝室から出るなと言っていたはずの義母が、突然ビールが足りないから買いに行けと命じてきたのです。
コンビニやスーパーまでは歩くと30分以上かかります。私は高熱があることを伝え、歩くことはもちろん、車を運転するのも難しいと訴えました。
しかし義母は聞く耳を持ちません。若いのだから歩けるはずだ、LINEができるなら問題ないだろうと押し切り、最後には5分後に2階へ行くからそれまでに着替えろと脅すように迫ったのです。
結局、私は朦朧とする意識の中で着替えを済ませ、義母に急かされるまま裏口から外へ出されました。
しかし、数分歩いたところで案の定立ちくらみがして、近くの電柱に掴まったまま動けなくなってしまったのです。
義母に反撃
ちょうどそのとき、友人の家から車で戻る途中だった夫が、道端でうずくまっている私を見つけました。慌てて車を止めて駆け寄る夫に、私は事情を話す気力もなく、ただ握りしめていたスマートフォンを差し出すのが精いっぱいでした。
夫は私のスマートフォンから義母とのやり取りをすべて確認し、義母に向けてメッセージを打ちました。義母は最初、息子だと気づかず激昂していましたが、相手が夫だと知った途端に言葉を失いました。
夫はこれまでの暴言の一つひとつを追及し、義母が弁解しようとするたびに、私を庇い、義母を批判します。
さらに義母が「親族も皆そう思っている」と言うと、夫は名前を挙げてみろと迫りました。義母はただ黙るだけ……。
そして夫は告げました。「あいつは今、妊娠してるんだぞ。こんな危険な実家、もう連れては来れないよ」
すると、それまで勢いづいていた義母からの返信はピタリと途絶えました。
とどめのひと言
家に帰ると義母は平謝り。忙しくて余裕がなかった、本心ではなかったと弁明し、許しを求めてきます。しかし、高熱の妊婦を無理やり外に出して買い出しに行かせた事実は、取り消しようがありません。
それに、実際には、結婚式で私を悪く言っていた親族などひとりもいなかったのです。義母は嘘をついて私を孤立させようとしていました。
真実を知った今、信頼を取り戻す道などありません。夫は義母に「親子の縁を切る覚悟だ。今後の連絡は一切拒否するし、老後の面倒も一切見ない」とはっきり告げました。
義母は泣きながら「せめて孫には会わせてほしい」と懇願しましたが、夫がその言葉に耳を貸すことはありませんでした。
義実家との決別
その後、私は義母の連絡先をブロックし、義実家との付き合いは一切やめました。義父に直接何かをされたわけではないので申し訳なく思いますが、義母を止めなかったのも事実。もうあの家との関係に戻る気持ちにはなれなかったのです。
幸い、あのとき無理に外へ連れ出されたものの、赤ちゃんは順調に育っており、最近はよくおなかを蹴るようになりました。これからは夫とふたりで、生まれてくる子どもを大切に育てていこうと思っています。
◇ ◇ ◇
慣れない環境への帰省は、誰にとっても気を遣うものです。だからこそ、迎える側の言葉や態度が相手の心に深く刻まれることがあるでしょう。
家族のかたちが多様になった今だからこそ、相手を尊重し、誠実に向き合う姿勢を大切にしたいものですね。
【取材時期:2026年2月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。