娘がまわりと違う理由は「私の育て方」だと思っていた
――吉田さんは、発達障がいのある娘さんの子育てをされていますが、最初に「違和感」を覚えたのはいつごろだったのでしょうか?
吉田はるみ(以下吉田):2歳くらいのころから、「娘はちょっとほかの子と違うな」と感じることはありました。言葉の発達が遅かったですし、保育園でもまわりの子どもたちとは反応の仕方が少し違っていました。ほかの子が「ママ」と泣く場面でも泣かなかったし、挨拶もなかなかできませんでした。
でも当時の私は、それを「個性」だとは受け止められなかったんです。「挨拶はするもの」「まわりと同じようにできて当たり前だ」と思っていましたし、できないことを無理にでも直させようとしていました。
――その違和感に対して、どのように向き合っていたのでしょうか?
吉田:正直に言うと、ただ怒っていました。「どうしてできないの?」「ちゃんとしなさい!」と。今思えば、娘のためというより、「躾のできない親だと思われたくない」という自分の不安のほうが大きかったと思います。
「この子が挨拶できないのは、私の育て方が悪いからだ」そう自分を責め続けていました。同時に、「まわりと同じようにできていない娘」を前にして、不安や焦りが募りました。しかし当時は、ひどい母親ですが、子どもを見ていたつもりで実は「周囲からどう見られるか」を気にしていたのだと思います。

「誰も悪くない」イギリスで突きつけられた言葉
――そうした葛藤を抱える中で、吉田さんの子育てに対する考え方が大きく変わる「転機」になった出来事があったそうですね。それが、イギリス留学だったのでしょうか?
吉田:そうですね。イギリス留学は、私の子育てに対する考え方を根本から変えるきっかけになりました。
娘をイギリスの現地スクールに通わせていたときのことです。ある日、娘が校長先生に挨拶できなかった場面があり、思わず私が「ごめんなさい。私の教え方が悪くて」と校長先生に謝ってしまいました。
日本ではみんなと同じようにきちんと挨拶ができない子はダメな、躾のできていない子。そして躾ができない親はダメな親と評価されがちですよね。しかしそのとき、校長先生にはっきりと言われたんです。「これはあなたが謝らなくていい。この子に問題はありません。誰も悪くないんです」と。
さらに、「もし心配であれば、専門家に詳しく見てもらってはいかがですか」と提案され、そこで娘がASD(自閉スペクトラム症)だとわかりました。
――娘さんがASDだとわかったことで、吉田さんご自身の「子どもを見る視点」は、どのように変わりましたか?
吉田:ASDだとわかって、一番大きく変わったのは、娘の行動を「できる・できない」で判断しなくなったことです。それまでは、心のどこかで「この子も、いずれはできるようになるかもしれない」と期待していました。でも、娘が日常の中で苦しんでいる姿を見て、その考え方自体が間違っていたと感じるようになりました。
例えば、私が「58」と書いた数字を、娘は「85」と書くことがありました。本人にとっては、本当に「85」に見えていたんです。そのとき初めて、「娘は間違えているのではなく、私とは違う世界を見ているのだ」と実感しました。「変わるべきだったのは娘ではなく、私だ」と、はっきり思いました。

「理由を知ることで、楽になった部分もあった」伝えるという選択
――発達障がいについて、子ども本人に伝えるかどうかは、多くの親が悩む点だと思います。吉田さんは、娘さんにはどのように向き合われましたか?
吉田:とても悩みましたが、私は娘に伝えることを選びました。娘が7歳くらいのときです。
今振り返ると、伝える選択をしてよかったと思っています。何より大きかったのは、娘が抱えていた、「なぜ学校生活や日常の中で苦しさを感じるのか」「なぜまわりと同じようにできないのか」という疑問に、理由があると伝えられたことでした。
理由を知ってから娘は、自分を責めることが少なくなったように感じます。「できない自分が悪い」のではなく、「自分の個性だ」と理解できたことは、大きな安心につながったと思います。
またイギリスでは、学校が2日間かけて娘の様子を丁寧に見てくれ、そのうえで特性についても子ども自身にわかる言葉で説明してくれました。一方で日本で同じことを学校に求めるのは、正直難しいのが現状だと感じています。発達障がいの診断が出ても、その後に継続して対応できる場所が少ないからです。
健診の場面で保健師さんが声をかけてくれることもありますが、担当する人によって差があり、突然伝えられて親が受け止めきれないケースも少なくありません。海外ではこうした支援が「特別なこと」ではなく「当たり前」として用意されていますが、日本にはまだ十分な体制がないのです。
その背景には、「挨拶ができる」「人に迷惑をかけない」といった一律の基準が求められ、そこから外れる個性を受け止めにくい空気もあるように思います。
もっと余裕を持って、子ども一人ひとりを受け止められる教育や社会になってほしい。子育てを通じて得た実感を、政治の場でどう形にしていくか、これからも考え続けていきたいと思っています。

「発達障がいに限らない」評価の仕組みが、子どもを苦しめている
――これまでのお話を聞いていると、発達障がいの有無にかかわらず、日本の教育や評価のあり方そのものに課題があるようにも感じます。吉田さんは、どうお考えですか?
吉田:私は、これは発達障がいのある子どもだけの問題ではなく、日本の教育や評価の仕組みそのものの問題だと感じています。
日本では、子どもたちは長い間、「みんなと同じようにできるか」「決められた基準よりも上か下か」で評価されてきました。そうした環境の中で、「自分はどういう人間なのか」「何が得意なのか」を考える機会が、十分に与えられていないまま成長してしまう子も多いと思います。
その歪みが、最もはっきり表れるのが就職活動です。私は経済産業委員会に所属していましたが、2024年に国会で初めて「就職活動」について質問しました。
大学生にとって就職活動は、人生で最初に突きつけられる大きな理不尽だと思います。いくら企業研究をし、いくら自分のことを分析しアピールしても、内定が出るとは限らない。努力の量と内定はイコールでないからです。
受験では「右向け右」の同じ基準で評価されてきたのに、就職活動になると突然、「あなたの個性は何ですか」と問われる。この切り替えについていけず、苦しんでいる若者は本当に多いと感じています。
本来、大学は就職のためだけの場所ではなく、「自分は何に興味があり、何を学びたいのか」を考える時間を持てる場であってほしいのです。
――ご自身の子育て経験や、評価に苦しむ子どもたちの姿は、いまの政治活動にどのような影響を与えていますか?
吉田:これまでお話ししてきた子育ての経験や評価に苦しむ子どもたちの姿を通して、私が強く感じているのは、「子どもの評価=自分の評価」だと捉えてしまうことは親の努力不足や心構えの問題でもなければ、子ども本人の問題でもないということです。
そう思わざるを得ない空気や基準を、社会全体がつくってきた結果だと感じています。
学び方や評価のされ方、そして周囲の理解が十分でないことが、結果として子どもや親を追い込んでしまっている。だからこそ、この構造自体を変えていかなければならない。そのために、声をあげ、経験を言葉にし、政治の場で伝えていく必要があると考えるようになりました。私の政治活動は、まさにそうした思いから続いています。
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子どもが周囲の基準にうまく当てはまらないと感じたとき、私たちはつい「育て方が悪かったのかも……」「もっと頑張らなければ」と、自分や子どもを責めてしまいがちです。
けれど大切なのは、誰かを責めることではなく、見方を少し変えてみること。「誰も悪くない」という言葉は、現実から目を背けるための言葉ではありません。一人ひとりの違いを前提に、どう理解し、どう支え合っていけるのか。その問いは、発達障がいの有無にかかわらず、すべての子育て家庭、そして社会全体に向けられているものだと改めて感じました。
子どもを見る“ものさし”を、ほんの少し緩めてみる——。その積み重ねが、親も子も無理をせずに過ごせる環境につながっていくのかもしれません。