義両親を見送る日
義両親が高齢で、続けて亡くなりました。葬儀やその後の手続きなど、できるる限りさせていただいたつもりです。慌ただしい日々ではありましたが、苦だと思うことはありませんでした。私は義両親のことが好きで、大切に思っていたからです。
久しぶりにお会いした親戚の方々から、「本当に良いお嫁さんですね」と声を掛けていただきました。その言葉は、素直にうれしく感じました。冗談交じりに、「夫にもそう言ってやってください。全然褒めてくれませんから」と伝えると、場は和やかな空気になりました。
けれど、その裏で、言葉に出来ない違和感が静かに残っていました。
感じた温度差
夫は、感情をあまり表に出さない人です。そのことは、これまでの生活の中で理解しているつもりでした。しかし、義理の両親を見送るという大きな出来事の中でも、夫は終始、私の隣に立っているだけでした。
私が動き回り、気を配り、心身ともに疲れていても、夫は静かにそこにいる。それを支えと感じる方もいるかもしれませんが、私には、同じ温度で悲しみを共有しているようには思えませんでした。
「ありがとう」や「大変だったね」という言葉がなかったことが、時間がたつほど、心に残っていきました。
これからを思う
私の両親は、今も健在です。ただ、いつか必ず別れのときは訪れます。そのときを想像したとき、胸の奥がざわつきました。
その場面に、夫はどのように立っているのだろうか。今と同じように、ただ隣にいるだけなのではないか。私が深く悲しんでいても、その気持ちを受け止め切れないのではないか。そんな未来が浮かんでしまったのです。
義両親を大切にできた自分だからこそ、この違和感を見過ごすことができなくなっていました。
まとめ
長く夫婦でいる中で、価値観の違いに気付くことは少なくありません。ただ、人生の節目に寄り添ってもらえないと感じたとき、そのズレは重く心に残ります。義両親を見送った経験は、私に「相手に期待するだけでなく、自分自身の安らぎをどこに置くか」を問いかけてくれたように思います。今はまだ明確な答えは出ていませんが、この違和感をわがままだと片付けず、自分の素直な感情を大切にしながら、これからの夫婦の形を模索していきたいと思っています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:小林紗季/30代女性・主婦
イラスト:ゆる山まげよ
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年2月)
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