人の頼みを断れない夫…出産後、新居へ帰ると義妹一家が家を汚しまくり!「ありえない」妻ブチ切れ!

私は30代の主婦です。第一子を妊娠して産休に入り、穏やかな日々を過ごしていました。
夫はとてもやさしい人。でも結婚してわかったのは、そのやさしさは「人の頼みを断れない」ことから来ているということ。
人に嫌われたくない、否定されたくない、どう思われているか常に気にしてしまう――そんな夫は、いつも“いい顔”ばかりしていました。
1年目の結婚記念日には、憧れのレストランを予約してくれました。私はその日をとても楽しみにしていたのですが、当日になって「先輩に呼ばれたから」とドタキャン。私が責めると、「わかってるって……また埋め合わせするから!」と繰り返すだけ。
その後も「後輩に呼ばれた」「同期に頼まれた」と言って、私との約束を反故にすることが何度もあり、私は「もし次に理不尽に後回しにするようなことがあったら、離婚する!」と宣言しました。
妊娠、そして出産
夫はそれから少し反省したようで、私を後回しにすることは減りました。
その後、私は第一子を妊娠。家が手狭になるので、マンションに引っ越し。里帰りはせず、家から近くの病院で出産することにしましたが、夫は「面会時間までに仕事が終わらなくて……」と、出産当日以外は病院に来てくれませんでした。
そして退院の日も、「どうしても外せない予定がある」と言われ、私は生まれたばかりの娘を抱えて、タクシーに乗ってひとりで帰宅しました。このとき私は、夫は娘に関心がないのかという不安と怒りでいっぱいでした。
帰宅すると、信じられない光景が
玄関を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは信じられない光景。なんと、義妹一家が泊まりがけで遊びに来ていたのです。
「妹たちが新居に泊まりたいって言うからさ~先週から泊まりに来てるんだよね」
そう言い、へらへらと笑う夫。部屋は散らかり放題、甥っ子は家の中を走り回って運動会状態、義妹の夫は室内で電子タバコを吸ってくつろいでいる……。さらに義妹も赤ちゃんを連れていて、そこらじゅうに使用済みのおむつが転がっていました。産後の私や娘が休む場所など、どこにもありませんでした。
「私と娘のことなんて、なにも考えていないんだな、全然大切にされていない」
そう思った瞬間、我慢が限界に達し「いいよ、好きにして! 離婚しよう?」と笑顔で伝えました。
夫の謝罪と約束
突然の言葉に夫は青ざめ、大慌てで「本当にごめん。俺が悪かった。一緒にいてほしい」と土下座して謝罪。すぐに義妹一家を帰し、家中を掃除し始めました。
私はしばらく考え、両家の両親に連絡。私の両親は、夫に対しすごく怒っていました。義両親は、義妹たちの件を謝り、しっかり注意しておくと言ってくれました。
私は積もり積もった不満が爆発!
「一度も面会に来なかったのは義妹一家をもてなすため? 自分の娘より大事なの? 新居に勝手に人を泊まらせるのはあり得ない。私に確認の連絡はないの? 赤ちゃんを連れて帰ってくるとわかっていたのに、ましてや新居なのに、タバコを室内で吸わせてるの? 散らかし放題なのはなんで?」
夫を問い詰めつつ、「もし次に私たち家をぞんざいに扱ったら、すぐに離婚する」という約束を、両親たちにも承認してもらいました。
その後、夫は
「もう次はない」そう気づいた夫は、少しずつ変わりました。“誰か”の顔色ではなく、“私たち家族”を一番に考えるようになったのです。
娘が夜泣きすると率先して起きてお世話をしたり、家事を先回りしてするなど、育児も家事も積極的にしてくれて、娘をかわいがってくれています。さらに、あの一件のあとは結婚記念日のお祝いも、娘の誕生日も、約束通り一緒に祝うことができました。
ちなみに義妹一家とは当分疎遠にするつもりで、あのあとは一度も連絡を取っていません。
数カ月たったある日、夫がぽつりと「もう二度と、大事な人を後回しにしないことにしたんだ」と言いました。ようやく「家族を大切に考えてほしい」という思いが通じたのです。
夫の「やさしさ」は対外的な「外づらの良さ」であり、それは私との約束を破ることでなんとか成り立っていました。でもこれからは、「本当のやさしさ」を家族に向けてくれると信じています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
続いては、義父の介護を手伝うため、義実家での同居を決意した心やさしい夫婦の体験談です。介護も家事もすべてを丸投げし、自分はゲームやスマホばかり……。
それどころか義父が他界したとたん「用済みだから出ていけ」と言い放つ非常識な義姉。そんな義姉に対し、妻が突きつけた「衝撃の事実」とは?
「用済みだから出てって」義父の他界後に追い出そうとする義姉。私「出ていくのはあなた」真実を知って顔面蒼白に!

つつがなく過ごしていた私たち夫婦2人。しかし、夫からの「親父の介護を手伝ってほしい」という涙の訴えが、私たちの日常を大きく変えることになりました。
ある日の夜、夫が明らかに思い詰めたような顔で、重い口を開きました。
「あのさ……突然こんなことを言われても驚くと思うけど……頼む! 俺の親父の介護を手伝ってくれないか!?」
夫の絞り出すような声と真剣な表情に、私は息を呑みました。「どういうこと?」私が尋ねると、夫は義実家で目の当たりにした衝撃的な事実を話し始めたのです……。
義姉と義父との同居生活
半年前、脳梗塞で倒れた義父。夫が義実家を訪ねたところ、義父の足腰は目に見えて弱っており、会話もどこか噛み合わなかったそう。それなのに、同居している義姉は何もしないというのです。
「姉さんは……マジで何もしないんだ。俺がいる間も……親父がフラフラしながら洗濯物を干していても、リビングでテレビを見て笑ってるだけ。料理もしないで、親父にファストフードばっかり食べさせてるみたいで……」夫は悔しそうに拳を握りしめていました。
義姉は週3日のパートでお小遣い稼ぎをするのみで、家のことはすべて義父に丸投げ。もちろん家計も義父の年金頼みです。「これはお父さんのリハビリなの」というのが義姉の言い分だそうですが、ただ面倒なことから逃げているだけなのは明らかでした。
私たちに心配をかけまいと、ずっと黙っていた義父のやさしい性格を思うと、胸が締め付けられるようでした。だから、私は即座に同居を承諾したのです。
私の言葉に、夫は「ありがとう……本当にありがとう!」と涙ぐみました。こうして、私たち夫婦は義父の介護のために、義実家で同居することを決めたのでした。
家政婦扱いする義姉
同居を決めて数日後、さっそく義姉から電話がかかってきました。
「ほんとに実家に引っ越してくるの? お父さんの介護のために、わざわざ戻ってくるなんて……ぷっ! よくやるね〜」
人を小馬鹿にしたような笑い声に、私は怒りで頭に血が上るのを感じながらも、冷静を装って答えました。
「お義父さんのことが心配でしたし、お義姉さん1人に任せきりというわけにもいきませんから。これから一緒に頑張っていきましょうね」
しかし、義姉はあっけらかんとこう言い放ったのです。
「は? 協力って、何を? 介護なんて、私は絶対にやらないからね? そっちで勝手にやってちょうだいよ」
私は絶句しました。それからも、どれだけ「みんなで協力したい」と伝えても、「介護したい人がすれば? 私は今までどおり自由にやるから」と聞く耳を持ってくれませんでした。
実際に同居が始まってからも、「弟夫婦が来てくれて助かったわ〜」と言いつつ、家事や雑用を私たちに押しつけてきた義姉。私も夫も、すぐに義姉が私たちを便利な家政婦としか思っていないのだろう、と悟りました。
同居を始めて数カ月後
私が会社で仕事をしていると、義姉から「ちょっとー! お父さんが咳ばっかしてて、うるさいんだけど」と電話がありました。
すでに病院には連れて行き、経過観察と言われていることを伝えても、「これからオンラインゲームやるのに集中できないの! 仕事なんて早退して、お父さんをどうにかしなさいよ!」と無茶苦茶な要求をしてきます。
あきれて言葉を失ったものの、「もう少しでお昼休みなので、お義父さんの様子を見にいったん帰りますね」と答えた私。お昼ごはんを食べる時間はなさそうだな……と思いながら外出の準備をしていると、今度は夫から連絡がありました。
「父さんのことなら、俺が病院に連れて行くから! 仕事してて大丈夫だからね」
夫もまた、義姉からしつこく連絡を受けていたようでした。夫のやさしさに感謝しつつも、私たちは義姉の存在が、穏やかであるべき介護の時間を蝕んでいっているようにしか感じられませんでした。
日ごとに体調が悪化していく義父の介護を続けながら、なぜ義姉の面倒まで見て、さらには文句まで言われなければならないのだろう……と思ったのは一度や二度ではありませんでした。
そんな日々があと数年は続くのだろう……と思っていた矢先、義父は心筋梗塞であっけなく旅立ってしまいました。
悲しみに暮れる間もなく、葬儀の準備に追われる私たちを横目に、義姉は相変わらず手伝いもせず、スマホをいじるだけ。そして、ようやくすべてが終わり、少し落ち着いたころ、義姉がとんでもないことを言い出したのです。
「あんたたちって、いつ出ていってくれるの? あんたたちの役目はもう終わったんだもの! この家は長女の私のものなの。だから、さっさと出ていってよね」
耳を疑いました。悲しみに浸る暇さえ与えず、介護も葬儀もすべて私たちに丸投げしておきながら、用済みになったとたんに「出ていけ」と。あまりの言い草に、私は思わず「ずいぶんと都合がいいですね?」と言い返してしまいました。
「お父さんの介護は好きでやってたんでしょ?」
「恩着せがましくてほんとウザい! 用済みなんだから出てってよ」
「出て行くのはあなたですよ?」
「は?」
私の静かな声に、義姉は「はあ? な、なんで私が出て行くのよ! この家は私のものなんだから!」とヒステリックに叫び出しました。
「いいえ、この家は法的に夫のものです。お義父さんは生前、『この家を長男に相続させる』という内容の公正証書遺言を遺してくださっていたんです」
同居を決めたときに、義父は私たち夫婦だけを呼び出して、こんな話をしてくれていたのです。
「迷惑をかけてすまないね。娘にはこれまで家賃も入れさせず、金銭的な援助もしてきた。だからこの家だけは、一番世話になったお前たち夫婦に託したいんだ。だからどうか……私の目の黒いうちだけは、娘をこの家に置いてやってほしい」
驚いたものの、私たちは義父の提案を受け入れることに。そして義父はすぐに夫に義実家を相続させる手続きを行ってくれたのです。
「ちょっと待ってよ! ここを追い出されたら私、住むとこないんだけど!?」と泣きついてくる義姉に、私は静かに、しかしはっきりと告げました。
「自分の父親を最期まで支えた私たちに、感謝の言葉すらなく、追い出そうとしたあなたに私たちが情けをかける理由はありません。早めに荷物をまとめてくださいね」
その後
義姉は親戚中に助けを求めたそうですが、親戚中に素行が知れ渡っており、誰にも相手にされず、今は1人でなんとか暮らしているようです。
正直、思い出すだけで腹が立つこともたくさんあったし、本当に大変な毎日でした。でも、この出来事があったからこそ、夫との絆はより一層深まりました。そして、人への感謝や思いやりの大切さを改めて学べた気がします。
大変なことを乗り越えた分だけ、今の穏やかな日常が、とても愛おしく感じられるようになりました。義父が遺してくれたこの家で、これからは夫と2人、笑顔で過ごしていきたいと思います。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
「家族だから」「長女だから」と自分本位な理屈を並べ、相手への思いやりを欠いた身勝手な振る舞いは、やがて自分自身の居場所を奪う結果に繋がるものなのかもしれません。身近な人を大切にできない人は、周囲から見放され、孤独になってしまっても仕方がないのではないでしょうか。
理不尽な状況に追い込まれたとき、ただ黙って耐えるのではなく、自分の尊厳と大切なものを守るためにハッキリと「NO」を突きつけた妻たち。その毅然とした態度が、結果として平穏で幸せな日常を取り戻すことへと繋がりました。いざというときには、自分の人生と大切な家族を守るために戦える強さを持っていたいですね。