誕生日に逆ギレする察してチャン夫→娘と私からのプレゼントとは

私は夫と6歳の娘と一緒に暮らしています。結婚して6年、最初は順調に思えた日々も、最近では夫に対する不満が積もってきていました。それは夫の「察してくれ」という言葉。
察してくれない夫
娘が生まれてから、夫は「察してほしい」ということが増えてきました。ある日、私がリビングで家事をしていると、夫がスマホを指差し「充電してくれた?」というのです。 私は「充電?してないよ?」と答えると、夫は不機嫌そうに「はぁ?察してよ!」とブチギレし始めたのです。そして「妻なら気づいて当たり前!」と言い張るのです。その言葉に私は「いくら妻でも……言わないとわかる訳ないじゃない!」と理不尽さを覚えました。
さらに別の日、朝、くしゃみをしていた夫。しかし、特に不調というわけでもなかったのでいつも通り接していると急に不機嫌に……。理由を聞くと「察してよ」とひと言。よくよく聞いてみると「くしゃみをしてるんだから、風邪薬を用意して持ってくるのが当然だ!」と言うのです。 私はそのたびに、「そんなの、わからないよ……」と心の中でつぶやきながらも、そのたびに私は黙って対応し続けました。
この察してばかりの日々が日常化してから、夫との会話は減り、常に地雷を踏まないように気を使う毎日。何をしても怒られ、何もしなくても怒られる……。そんな日々に、私はすっかり疲れ切っていました。
誕生日のこと、そして決意
夫の誕生日が近づいたある日、私はさりげなく「誕生日当日、何か食べたいものある?」と夫に尋ねました。すると夫はいつも通り「任せるよ」のひと言。私は心の中で「絶対、当日になって文句言うじゃん……」と思いつつ、近所のファミレスを予約しました。
そして当日。仕事帰りの夫と駅で待ち合わせをして、店の前に着くと夫が「はぁ!?なんでファミレス?」と顔をしかめるのです。そして「寿司がよかった!もう帰る!」と文句を言い出したのです。私が「え?任せるって言ったよね?」と言うと、「俺が最近寿司を食べてないの知ってるだろ?食べたいって察してくれてもいいだろ!」と言い放ったのです。私が「言わなきゃわからないでしょ」と言い返すと、夫は舌打ちし、1人で帰ってしまったのです。
私は呆然と立ち尽くしましたが、隣にいた娘が私の手を握って「ママ、予約してるんでしょ?せっかくだからご飯食べよ」と言ってくれたのです。娘と2人でファミレスに入ると、私のスマホが震えました。画面を見ると「もう駅のホームまで来たぞ!電車乗っていいのか!?」と夫から察してのメッセージが。娘がチラリと画面を見て「うわぁ……!引き留めてほしいって言えばいいのに!」と笑いながらひと言。
娘の言葉に、胸の奥で何かがすっと冷えていくのを感じました。変わらない夫に合わせ続ける日々は、もう終わらせようと心に決めたのです。その瞬間、私の中で離婚への決意が静かに固まったのです。
離婚、そして新しい日々へ
翌日、仕事から帰宅した夫に私は「昨日の態度を見て決めたの。離婚しよう」と静かに切り出しました。夫は一瞬きょとんとしたあと、「はぁ!?なんでだよ!」と声を荒げました。
私は淡々とこれまでの出来事を話しました。察してほしいばかりの態度、誕生日の一件……。夫は最初こそ反論していましたが、やがて黙り込み「娘が生まれてから、俺のことは二の次になったみたいで寂しかったんだ。もっと構ってほしかったんだ」と呟きました。その言葉に、私は心の中で「どこまでも察してばかりの夫なんだな」とため息をつきました。私は「寂しかったのはわかった。でも、言葉にしなければ伝わらないよ?」と伝えました。すると夫は「……わかってる。本当にごめん」と言い、ゆっくりと離婚届にサインをするのでした。
こうして私は、娘と新しい生活を始めることになったのです。その後、誰かの顔色をうかがうことなく、自由で穏やかな日々を過ごしています。
◇ ◇ ◇
“察してほしい”は魔法の言葉ではありません。長年一緒にいても、相手の気持ちは言わなければわからないもの。お互いに思い合うためにも、“察すること”ではなく、“伝え合うこと”が大事なのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、夫が自分の気持ちを言葉にしないまま不満を募らせ、家族との時間にぎくしゃくした空気を生んでしまいました。 察してほしい気持ちばかりが先に立つと、相手は戸惑うばかりです。
しかし、次のエピソードでは、そうした身勝手さがさらに分かりやすい形で表れます。 今度は家族にとって大切な日でさえ、自分の都合を優先する夫の態度が、周囲を振り回していくのです。
娘の記念日をドタキャン!→「最後だよ?」失望の先に待つ結末とは?

結婚して15年、娘はすでに中学生。仕事の忙しさを言い訳に、家族をないがしろにしてきた夫に、私は何度も失望してきました娘のためにも家庭を壊すわけにはいかないと、自分を奮い立たせてきましたが、その限界がやってきたのです。
雨の中、ひとりで迎えを待ち続ける娘
その日、娘は隣の県で開かれた大会に出場していました。応援に駆けつけたかったのですが、同じ日に義母を病院に送らねばなりません。
夫は「母さんの杖で俺の車が傷ついたらどうする!」と言って送迎を断りました。そのため、私が義母を病院へ送迎し、夫に娘の送迎を任せることにしたのです。
娘の活躍を見られなかったのは残念でしたが、娘のチームは無事優勝したそう。「勝ったよ!」と連絡をもらって嬉しい気持ちでいました。
しかしその1時間後、娘は今にも泣きそうな声で電話をかけてきました。
「ママ……迎えに来られる?」と言う娘。今日娘を迎えにくるのは夫であることを娘は知っているはずです。それなのに、約束していた時間に夫は来ず、電話にも出なかったそう。先ほどやっと電話がつながったかと思うと、「友だちの車に乗せてもらえ」と言って電話を切られてしまったのだと言います。
しかし試合が終わってもう1時間も経っています。友だちは皆もう帰っており、公共交通機関で帰れるほどのお金も持ち合わせていません。
私は急いで義母を義実家に送り届け、そのまま娘を迎えに行くことにしました。「ファミレスで待ってなさい! ママ、すぐ行くからね!」というと、娘はようやく「ママ、ありがとう」と安堵したようでした。
娘を迎えに行かなかったワケ
娘と一緒に家に戻った私は、夫に詰め寄りました。しかし、夫は悪びれもせず「よく考えると、試合後の汗くさい娘を乗せたらシートににおいが移るかもしれないだろ?」と口にしました。
そもそも夫は「家族を乗せられるように、大きな車がいい!」と言って、今の車を購入しました。ゴルフ仲間たちには快く車を出すのに、家族を乗せないなんて本末転倒です。
それに、多感な時期の娘に「汗くさい」と言うなんて……。娘は明らかに傷ついた様子。「シャワー浴びてくる」と言って部屋から出て行ってしまいました。
友だちがみんな帰ってしまった中、ひとりで父親を待ち続けてどれほど不安だったでしょうか。夫は娘の気持ちもまるで理解しようとしません。
そんな夫の態度に、怒りを通り越して呆れ果ててしまった私。思えば、このころから夫に期待することはなくなっていたのかもしれません。
娘の晴れ舞台をドタキャンする夫
数カ月後、ついに娘の引退試合がやってきました。その日に向けて毎日頑張っていた娘に、夫は「絶対に応援に行く」と約束していたようです。しかし当日、会場に夫の姿はありませんでした。
どこにいるのか? と電話をかけると「ごめん、二日酔いだから無理……あとで見るから動画撮っておいて」と笑いながら言う夫。さすがの私も怒りを抑えきれず「今日が娘にとってどれだけ大事な日だか、わかってるの? それに、また娘との約束を破るの?」と言い返してしまいました。
小さな大会ではありましたが、娘のチームは優勝! 拍手を浴びながら、娘は私と夫の姿をきょろきょろと探していました。私が軽く手を挙げると「あっ!」と喜んだように目を見開いたのですが、隣に夫の姿がないことに気付いたのでしょう、すぐに悲しそうにうつむいたのです。
娘の優勝を報告するために夫に電話をかけ、「あなたは娘の気持ちを一度も考えたこと、ないのね」と言うと、夫は「優勝祝いにゲームでも買ってやるよ! 今日はケーキでも買ってやれば気が済むだろ? それに俺が応援に行こうが行かまいが結果は同じだ」と開き直りました。
娘も悲しかったと思いますが、私もとても悲しい気持ちになりました。
新しい一歩を踏み出した母娘と残された夫の末路
さらに、数週間後、その日は娘の誕生日でした。前日に「ちゃんとお祝いするからな!」と娘に言っていた夫。娘ももはや期待せず、「……うん、ありがとう」と答えていました。
そして娘の誕生日当日、夫は「ごめん、今日急に接待入っちゃって! 取引先の社長が来るからさ……俺の晩ごはんはいらないから!」と連絡してきたのです。
実は、去年も仕事を理由に、娘の誕生日祝いをドタキャンしていた夫。私も娘も「またか……」としか思えなくなっていました。
不満そうな私に夫は「俺は家族のために働いてるんだし、仕事を最優先して何が悪い! 誕生日なんて毎年あるだろ!」と言います。娘のことを軽んじる夫が許せなかった私は、その晩のうちに娘と相談して、ある決意をしました。
1人になった夫
その少し後、「お前たちどこにいる!? 荷物もなくなっているじゃないか!」と夫から連絡が入りました。私と娘は、その家にはもういません。
「どこって、親子で引っ越しだけど?」と答えた私に、「なんでだよ!」と夫は驚いていました。
ちょうど進路を考える時期だった娘。県外の強豪校への進学を迷っていました。そこで思い切って、近くに引っ越しをしようと提案すると、「挑戦したい」と心を決めたのです。
「荷物は少しずつ向こうに送っていたのに、気付かないなんて……。それだけ家族に関心がなかったってことだね」と言うと、夫は「事前に相談しないなんてありえない! 娘と話をさせてくれ」と論点をすりかえます。
夫の言い分を娘に伝え、電話を代わると「パパはいつも私の話を聞く時間を作ってくれなかったじゃん」と娘。「家にいてもスマホいじってて、話しかけても『あとにしろ』って言われるし、お休みの日に約束を取り付けてもすぐドタキャンされるし……私の話、まともに聞いてくれないパパに相談なんてできないでしょ?」と娘に言われ、夫は言葉を失ったようでした。
「私、もうパパには期待しないって決めてるから。これからはママと2人で頑張るから! パパはパパで頑張ってね!」娘は電話を切ったのでした。
たとえ心を入れ替えたとしても…
それ以来、夫は人が変わったかのようにこまめに連絡をし、記念日ごとに贈り物を送ってくるようになりました。しかし私たちにとっては後の祭り。今更夫を受け入れる気にはなりません。今、私は娘が成人になったときに夫と離婚しようと準備を進めています。
そして娘は無事希望していた高校に合格。部活を頑張っています。私の生きがいは娘の試合を応援すること。食事や送迎で娘を支える日々はとても充実しており、あのとき最高の決断をしたと思っています。
◇ ◇ ◇
誰かがそばにいてくれる安心感は、時に自分の思うように動けない不自由さよりも、ずっと大きく、尊いものです。しかし一緒にいる時間が長くなるほど、その存在が当たり前になり、つい感謝や思いやりを後回しにしてしまうこともあるでしょう。
失ってからその価値に気付いても、過ぎた日々や積み重なった思いは二度と戻ってきません。だからこそ、今そばにいる人を大切にする――その小さな積み重ねこそが、何よりの宝物になるのです。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回の2つのエピソードに共通していたのは、夫たちが自分の気持ちや都合を優先し、家族を振り回していた点です。 言葉にせず察してもらおうとしたり、大切な約束より自分を優先したり——その積み重ねが、家庭の空気を少しずつ壊していってしまいます。
印象的だったのは、どちらの主人公も、夫の身勝手な言動に振り回されるだけで終わらなかったことです。自分の気持ちや都合ばかりを優先する態度が続けば、家族との関係は少しずつすれ違っていってしまいます。近い関係だからこそ甘えていいわけではなく、相手を大切にする姿勢がなければ、家庭はうまく保てないのでしょう。