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「息子を見捨てた」と憤る義母。心身を守るため距離を置いた私が久しぶりの帰宅で突きつけられた現実

結婚後、義母との関係に違和感を覚えながらも、私はできるだけ波風を立てずに過ごそうとしていました。悩んだ末に選んだのは、少しだけ生活の距離を置くという判断です。しかし、久しぶりに元の家へ戻ったとき、その選択が思ってもいなかった受け取られ方をしていたことを知ることになります。

 

義母と夫の距離に感じた違和感

結婚後、私は夫とともに義実家で生活していました。その中で、義母が成人した夫を「ちゃん」付けで呼び続けていることに、強い違和感を覚えるようになりました。さらに、義姉妹が頻繁に義実家へ出入りし、私たちの生活空間に遠慮なく踏み込んでくる状況も続いていました。義実家にいながらも落ち着けず、心が休まる時間はほとんどありませんでした。

 

自分を守るために選んだ「避難先」

心身の負担が重なり、何度も夫と話し合い、今のままでは共倒れになってしまうと伝え、断腸の思いでセカンドハウスでの一時的な別居という選択をしました。夫や義実家と縁を切るつもりはなく、状況が落ち着けば戻るつもりで、離れている間も夫の体調を常に案じていました。

 

当時、夫はうつ病を患い、体にも不自由が出ていました。義母との間にはケアについて相談できる関係性が築けておらず、外部の介護サービス導入なども提案しましたが、義実家のルールや義母との折り合いの悪さから、それもかないません。専門知識のない家族ひとりの力だけですべてを背負い続けるには、すでに限界を超えていました。私ひとりの力ではこれ以上支えきれないところまで追い詰められ、共倒れを防ぐために下した、まさに生存のための苦渋の決断だったのです。

 

 

戻った家で突きつけられた現実

久しぶりに義実家へ戻ると、そこに私の居場所はありませんでした。家の中は他人の家のようになっており、私の服はすべてゴミ袋に入れられ、家具や生活用品の配置も勝手に変更されていました。事前の連絡は一切なく、義母は、私が苦渋の決断で距離を置いた背景を理解しようとせず、一方的に「息子を置いて逃げた」と決めつけていたようです。

 

たとえ一時的に家を空けたとはいえ、長年共に暮らした家族の所持品を無断で処分するという断絶の意思表示に、ただ言葉を失いました。

 

まとめ

自分の心身を守るために下した判断は、今振り返っても間違いではなかったと感じています。たとえ家族であっても、ひとりの力ですべてを背負い込み、自分を犠牲にし続けることには限界があるからです。

 

当時は冷静な対話ができるような状況ではなく、歩み寄ろうとする私の思いが届かないまま、結果として大きな溝が生まれてしまいました。ですが、まずは「自分自身の安全な場所」を確保したからこそ、今の自分があるのだと思います。自分の意見が届かない環境で、どう折り合いをつけ、健やかに生きていくか。その最適解を見つけるための道のりはまだ続いていますが、まずは自分を大切にすることを最優先に、これからの関係性を模索していきたいと考えています。

 

 

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

 

著者:目黒アンナ/50代女性・主婦

イラスト:きりぷち

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年2月)

 

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