「サインは指でお願いします」の絶望
ある日の授乳中。静かな部屋に「ピンポーン」と音が響きました。
すると、私が「今は出なくていいよ」と声をかけるよりも先に、長女がインターホンの通話ボタンを押し、「はーい!」と応答してしまったのです。
「ママー! 誰か来たよ! 早く出てー!」
モニターを見ると宅配便。応答してしまった以上は受け取らなくてはなりません。
私は慌てて胸をしまい、まだ飲み足りなくて不機嫌な次女を抱き上げ、玄関へ急ぎました。
髪はボサボサ、腹巻きはずり上がっていましたが、「赤ちゃんを抱っこしていれば、多少の身なりは隠せる」と思い、そのままドアを開けました。
ところが、配達員さんが差し出したのは、ハンコで済む伝票ではなく、まさかの電子タブレット。
「あ、こちらに指でサインをお願いします」
片手で赤ちゃんを抱えたまま、不安定な画面に指で字を書くのは不可能です。私は一瞬迷い、唯一の「盾」であった次女を、そっと床に置きました。
必死にサインを終え、ドアを閉めてふと鏡を見た瞬間、血の気が引きました。
なんと、焦って胸をしまったせいで、Tシャツが変にめくれ上がり、ずり上がった腹巻きと、産後のリアルな腹が全開になっていたのです!
「……次からは、ママが授乳してるときは出なくていいからね」
呆然とするあまり、絞り出した小声には何の説得力もありませんでした。
娘の「良かれと思って」が招いた地獄の30分
数日後の夕方。またしてもインターホンが鳴りました。
私はキッチンで夕飯の支度中だったため、手を離せません。すると長女が、待ってましたと言わんばかりにモニターの前へ。
「はーーーい!!」
元気いっぱいの返事が廊下に響きます。私が「誰か確認してね」と言う間もなく、長女はさらに張り切って叫びました。
「今、ドアも開けてあげるねー!」
「待って、まだ開けないで!」という制止も虚しく、タタタッと玄関へ走っていく足音。そして無情にも響く、ガチャリという解錠の音……。
慌てて服を整え、万全の態勢で私が飛び出すと、そこにいたのは宅配便ではなく、学習塾の勧誘員でした。
勧誘員さんは、私のガードが固いと見るや、ターゲットを隣の長女に切り替えました。
「何年生かな? 今、お勉強が一番大事な時期なんだよ!」
にこやかに迫られた長女は、「えっ、私に言ってるの?」と自分がお姉さん扱いされたことがうれしい様子。まんまと粗品のノートと消しゴムに釣られ、目を輝かせて営業トークに聞き入っています。
私がいくら「結構です」と断っても、主役である娘が「うん、うん」と熱心に頷いて動かないので、相手もまったく引き下がりません。
「資料だけでも」「今始めれば……」。気づけば玄関先で30分が経過。こちらの焦りはお構いなしに、勧誘員さんの交渉は続きます。
最終的に、奥の部屋で寝ていた次女が「ギャアアアン!」と泣き出したことで、ようやく解放されました。
ドアを閉めた後、長女は誇らしげに私を見上げて言いました。
「ママ! 今日はちゃんと『はーい』って言って、ドアも開けてあげたよ。お役に立ったでしょ?」
その屈託のない笑顔に、怒る気力も失せてしまったのでした。
今回のことで、私は反省しました。長女の「お手伝いしたい」という気持ちはうれしいものですが、相手が誰かわからないうちに一人でインターホンに応対したり、ましてやドアを開けたりするのは、防犯上とても危険なこと。
「相手を確認してから」「ママがいいよと言ってから」など、インターホンに関するわが家のルールをしっかりと話し合おうと心に決めました。
完璧でなくても、長女の「はーい」に助けられている瞬間は確かにあります。安全を第一に守りつつ、いつかはこの騒がしい日々も笑い話に。そう自分に言い聞かせながら、私は今日もたくましく、カオスな家事と育児に向き合っています。
著者:伊東理恵子/30代女性。2018年生まれ、2025年生まれの姉妹と夫との4人暮らし。育休や仕事復帰を経て、10年以上商社の営業事務に従事。子育てジャンルの記事をはじめ、美容にも関心が高く、美容記事も執筆中。
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年3月)
※AI生成画像を使用しています