本来なら、夫婦2人で静かに暮らしていくはずだった家でした。しかし義父を亡くした義母に頼み込まれ、同居を始めたのです。独身の義姉にも相談したものの、「私の家は狭いから、お母さんと同居は無理」「家族なんだから助け合いましょうよ」と言って、何の手助けもしてくれませんでした。
それなのに、夫を失った途端、私を追い出そうとするなんて……。あのとき私は、夫だけでなく、義理の家族までも同時に失ったのです。
会いたくない人との再会
その後すぐに、私は夫との思い出が詰まった家を出ました。今思えば不当な追い出しでしたが、当時は憔悴しきっていて、義家族と争う余裕などありませんでした。ただ、あのつらい環境から離れるだけで精いっぱいだったのです。
新しい生活は決してラクではありませんでしたが、「このままでは前に進めない」と思い、介護の資格を取得することに。勉強は大変でしたが、資格を取り、介護の仕事に就くことができました。
夫が亡くなってから5年が経ち、ひとりの生活にも慣れ、仕事にもやりがいを感じながら穏やかに暮らしていたところ――。街を歩いていると、偶然義母と義姉に再会しました。
久しぶりに顔を合わせた2人は、私の近況を根掘り葉掘り聞いてきました。そして私が介護の仕事をしていると知ると、笑いながらこう言ったのです。
「よくやるわぁ~」
さらに、仕事の内容を軽んじるような言葉まで口にしました。
「おじいちゃんおばあちゃんの相手しかできないなんてかわいそう」
介護の仕事は、決してラクではありません。それでも、誰かの生活を支える大切な仕事です。私は誇りを持って働いていました。
しかし2人は、まるで人の仕事を見下すような態度を取り続けたのです。
その瞬間、私は改めて「この人たちとは、もう関わりたくない」と思いました。
夫のことは今でも大切に思っています。しかし、義母や義姉とは、もう縁を切りたいとすら思っていました。
「家族じゃない」と言ったはずなのに
その再会から、3カ月も経たないころ、突然、義姉から電話がかかってきました。
普段なら出なかったかもしれませんが、何度も繰り返し着信があったため、私は仕方なく電話に出ました。すると、開口一番こう言われたのです。
「お願い、助けてほしいの」
電話の向こうから聞こえてきたのは、義姉の今にも泣き出しそうな声。嫌な予感がしました。
話を聞いてみると、義母が脳梗塞で倒れ、後遺症が残ってしまったというのです。命は助かったものの、日常生活の多くで介助が必要な状態になったとのことでした。
義姉はしばらく1人で面倒を見ていたそうですが、精神的にも体力的にも限界を感じているそう。
そして、義姉はこう言ったのです。
「介護の仕事してるんでしょ? 帰ってきて面倒みてくれない? 家族なんだから」
その言葉を聞いたとき、私は怒りよりも、あきれた気持ちのほうが大きかったのを覚えています。
夫を亡くした私に向かって、「もう家族じゃない」と言ったのは、ほかでもない義母と義姉だったはずです。
私が出した答え
私は落ち着いた声で言いました。
「以前、私のことを『家族じゃない』と言いましたよね」
電話の向こうで、義姉は言葉に詰まっているようでした。
「もし介護が必要なら、介護サービスを利用してはいかがでしょうか。私の勤めている会社でも訪問介護をおこなっていますので、ご紹介ならできますよ」
私は個人的にではなく、仕事としてなら対応できるということを伝えたのです。
すると義姉は、突然怒り出しました。
「お金を取るなんて……冷たいわね!」
しかし、私にとっては当然のことでした。家族ではないと言われ、家を追い出された相手です。無償で面倒を見る理由はありません。
それでも介護が必要なら、専門のサービスを利用すればいい。それが現実的な解決方法だと思ったのです。
結局、話はまとまらず、そのまま電話は終わりました。私は最後に、「もう連絡は控えてください」とだけ伝えました。
今も変わらない大切な存在
その後、義姉から連絡が来ることはありませんでしたが、風の便りで義姉が1人で義母の介護を続けているという話を聞きました。大変な毎日を送っているそうです。
しかし、私が関わる理由はもうありません。私が大切に思っているのは、今も変わらず亡き夫だけです。
人は、立場や状況が変わると、言葉や態度を簡単に変えてしまうことがあります。しかし、困ったときだけ近づいてくる人を、私はもう信用することができません。
今回の出来事を通じて、私は人との距離の取り方を学びました。義母や義姉との関係は終わりましたが、夫との思い出はこれからも大切にしていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。