同居から3カ月がたったころ、離れて暮らしている義妹が、3歳になる甥を連れて義実家を訪れたのです。義母が義妹を溺愛していることは知っていました。でも、その日の様子は少し異様でした。
私を無視する義母
孫には目もくれず、私にお茶出しや子守りを押しつけ、義妹との時間を独占しようとしているように見えました。義妹が用事だけを済ませて1時間ほどで帰ってしまうと、義母はあからさまに不機嫌になり……。
そして翌日から、義母による私への無視が始まったのです。あいさつをしても、買い物の予定を聞いても、返ってくるのは冷たい沈黙だけでした。さらにショックだったのは、夫と義父の態度です。義母の露骨な態度をたしなめるどころか、「嫌がっているのに話しかけたら母さんがかわいそう」「君はこの家の空気に合わない」と、義母に同調して私を非難するようになったのです。
家の中に私の居場所はなくなり、限界を感じた私は実家の母に相談しました。生活費も入れ、家事もこなしているのに理由がわからないと訴える私に、母は「義妹さんがすぐに帰ったことと関係があるかもしれない。理由を探ってみたら?」と冷静なアドバイスをくれました。
義母が私を追い出した理由
母の助言を受け、私はめげずに義母に歩み寄ろうとしましたが、事態は悪化する一方でした。私が会話を試みるたびに、夫と義父は私を厄介者扱い。さすがに限界を感じた私は、ついに「迷惑なようなので、嫁を辞めます」と宣言しました。
私は離婚届の用紙を置き、「本気で離婚を考えています」とだけ伝えて家を出ました。すると、義家族は引き留めるどころか、「やっと出て行った」「これで一緒に暮らせる」と歓喜の声を上げていたのです。
実は、義妹はこのときすでに離婚を決意しており、義母は実家に戻ってきたがっていると思い込み、義妹と一緒に暮らすため、邪魔な私を追い出そうと画策していたのでした。夫も義父も、「母さんが孫と一緒に暮らせて喜ぶなら」と義母の言いなりで、全員で私を家から追い出すための嫌がらせをしていたのです。
しかし、義家族の喜びに満ちた計画は、すぐに崩れ去ることになります。私が実家に戻って3日後、義家族3人が血相を変えて私の実家へと押しかけてきたのです。
彼らは手のひらを返したように「あのときは調子が悪かっただけ。イライラしていただけだから許してほしい」と口々に謝罪を並べ立て、私に義実家へ戻るよう懇願してきました。
あまりにも身勝手な言い分に、父も母もあきれ果てていました。母が「私に許してもらえないと、娘さんに縁を切られるとでも言われたのでしょう」と核心を突くと、義家族はひどく狼狽しました。そこへ、母に就職の報告に来ていた義妹が姿を現したのです。
実は、義妹は離婚に向けた就職活動の際、人材関係の仕事をしている私の母に相談に乗ってもらっていました。母のサポートもあって希望の条件での就職が決まり、この日はその報告と今後の相談のために実家を訪れていたのです。
身勝手な義母の末路
義妹は当時、離婚に向けて別居と就職準備を進めており、そもそも実家に戻るつもりはありませんでした。義家族の企みを知った義妹は、「私と住むために、お義姉さんに嫌がらせをして追い出すなんて気持ち悪い」と激怒していました。
義妹は、自分の話ばかりで他人の気持ちを考えず、離婚話を無邪気に喜ぶような義母の異常な執着心に以前から辟易していたそう。「自分の気持ちばかり優先するあなたの言動は愛情ではない」と毅然と言い放ち、「今後は連絡を取らない」と告げ、義妹は義母に対して事実上の絶縁を宣言しました。親子の縁を切られた義母は泣き崩れましたが、父が「これ以上騒いで迷惑をかけるなら警察を呼ぶ」と厳しく退去を促すと、3人は絶望した様子で帰っていきました。
その後、義妹は就職した会社で遠方の支社への配属を希望し、甥とともに新天地へと引っ越し、新しい生活を始めています。一方、娘と疎遠になった義母はショックでふさぎ込み、家の中は荒れ放題。義家族の関係も悪化し、荒んだ生活を送っているのだとか。
私は話し合いの末、夫との離婚が成立し、今は私を温かく支えてくれる両親のもとで、前向きに新しい人生を歩んでいます。この穏やかな毎日を大切にしたいと思います。
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身勝手な理由で嫁を追い出した結果、最も愛する娘から絶縁されてしまった義母。家族だからといって、自分の理想や都合を相手に押しつけていいわけではありません。他者を尊重できない人間関係は、いずれ破綻してしまうものなのではないでしょうか。違和感を覚えた時点で我慢せずに信頼できる第三者に相談し、自分の心と尊厳を守るための毅然とした行動を取りたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。