ある日のこと、兄夫婦が実家に同居したいと言い出しました。
最初は兄の意向だと思っていましたが、実際には義姉の希望が大きかったそう。義姉は妊活を理由に仕事を辞めており、ひとりで家にいるのが寂しいこと、そして経済的な負担を減らしたいことから、わが家での同居を望んだそうです。
家族全員が仕事をしているわが家にとって、平日の日中に誰かがいてくれるのは心強いことでした。何より義姉本人が、「家事全般、私に任せて! みんなを支えたいの」と自ら進んで申し出てくれたので、私たちは快く同居を受け入れたのです。
このときは、誰もあんなことになるとは思っていませんでした……。
同居から徐々に現れた違和感
同居が始まってしばらくの間、義姉は約束通り家事をしてくれていました。しかし、数週間が経つころには、少しずつ様子が変化していったのです。
ある日、私が自分の部屋に掃除機をかけていると、「あ、ついでにこっちの部屋も掃除しておいてくれる?」とのお願い。仕事の合間にリビングでコーヒーを飲んでいると、「今日って時間あるの? 悪いんだけど、今日のごはん当番、代わってくれないかな……?」と頼んでくるように。
最初は「ついで」や「今日くらいはいいか」という気持ちで引き受けてきましたが、だんだんとそのお願いの頻度が高くなっていったのです。同居開始から2カ月が経つころには、私が義姉のお願いを聞くのが当たり前の状態に。
やがて義姉の言動は、はっきりとした「押しつけ」に変わっていきました。
私が断ろうとすると、「私は妊活中なんだから、体を大事にしないといけないの! 協力してよ!」と言ってくるのです。
さらに、義姉の言動はエスカレートしていきました。
「在宅ワークなんてお遊びみたいなもんでしょ? 忙しいフリしないでくれる?」
「シングルマザーのくせに! 実家に助けてもらってる立場なんだから、もっと家事やるべきでしょ」
「あなたの娘ももっと使える子だったらよかったのに。親子そろって役立たずね」
娘への言葉には必死で反論しましたが、在宅ワークを「暇つぶし」のように扱われ、シングルマザーという立場を攻撃されるたびに、私は言いようのない惨めさに襲われました。
本来、義姉が担うはずだった家事を私が黙って肩代わりすれば、家族の平穏は守れる……。そう自分に言い聞かせ、仕事の締め切りに追われながら、夜中の睡眠時間を削ってまで義姉の分の家事をこなすという、限界ギリギリの生活を送っていたのです。
我慢の限界!
転機となったのは、家族全員がそろっていた日のことでした。
義姉は両親や兄がいるところでは家事をして、“理想の妻”を演じていました。そんな義姉がリビングを見渡しながら、ため息まじりにこう言ったのです。
「◯◯ちゃん(私)、仕事が忙しいのはわかるけど、私ばかりに家事を押しつけないで。ここも全然掃除できてないじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中は真っ白になりました。実際にその場所を掃除していたのは、私。たしかに掃除は十分ではなかったかもしれません。
あきれたような、がっかりしたような目線を両親や兄から向けられたら……娘にダメなお母さんだと思われたら……そんな想像で頭の中がいっぱいになりました。今までのこともあり、もう精神的に限界だったのだと思います。
「……私は、家政婦じゃありません」
ぽつりとそうこぼすと、義姉は驚いたように両手で口元を覆いました。そして、目に涙を浮かべ、「……そんなつもりじゃなかったのに。そんな言い方しなくたって……怖い……」と弱々しい言葉を並べ始めたのです。
このままでは、私が悪者にされてしまう――そう思った私は、ある決定打を放つことに。
「お義姉さんの分の家事をしているのは私です。全部、私にやらせていましたよね?」
ついに暴かれた義姉の本性
私は、自室からパソコンを持ってきました。そして、とある映像を家族の前で再生。
それは、愛犬用に設置していた見守りカメラの映像でした。
そこには、日中ほとんどソファで過ごしている義姉の姿や、私が何度も呼びつけられて家事をしている様子が、はっきりと映っていました。さらに、私や娘に向けて放たれた心ない言葉も、音声として残っていたのです。
その瞬間、場の空気が一変しました。映像を見た両親と兄は一瞬言葉を失ったものの、強い怒りをあらわにしたのです。
特に、私や娘に対する発言については、両親も許せなかったようです。
「娘だけでなく、孫にまでそんなことを言うなんて、どういうつもりだ」という父の言葉に、義姉は何も言い返せなくなっていました。
兄も静かに、しかしはっきりとこう言いました。
「これ以上同じことを繰り返すなら、一緒には暮らせない」
それは感情的な言葉ではなく、現実的な判断でした。
その後、義姉は両親と兄に注意され、家での役割について改めて話し合うことに。義姉は「本当は家事が得意じゃなかった、やり方もわからなかったから押しつけてしまった」と白状。
結局、母が家事を一から教えることになり、義姉も少しずつですが手を動かすようになっていきました。
最初は戸惑っている様子でしたが、やり方を覚えるにつれて、徐々にできることが増えていったのです。以前のように私に押しつけることはなくなり、家の中の空気も落ち着きを取り戻していきました。
今回の出来事を通して、私は大切なことに気づきました。
どんなに身内であっても、我慢し続けるだけでは何も変わらないということ。そして、大切な人を守るためには、きちんと声を上げることが必要だということです。
今では、家族それぞれが役割を持ち、無理のないかたちで支え合える関係になりました。あのとき勇気を出して本音を伝えたことが、今の穏やかな日々につながっているのだと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。