突然の乱入者
料亭の個室で、僕は親族のお祝いの席に参加していました。ここは、親族の祝い事のたびに訪れている、なじみの料亭です。
「ほら、魚も野菜も食べごろだ」
父も上機嫌で、場は和やかな雰囲気。娘に「何が食べたい?」とたずねると、娘は元気よく「にんじんさん!」と満面の笑みを見せました。最近、ようやく食べられるようになったのです。
そんな空気の中、ふいに扉が開き、ひとりの男性が部屋へ入ってきました。廊下の向こうではスタッフが「お客様、お待ちください」と止める声も聞こえてきましたが、その男性は構わず入ってきたのです。その人物は、僕が仕事で付き合いのある取引先の会社の社長。何度かお会いしたことがあり、僕は思わず目を疑いました。
「え……どうしてここに?」
突然の来訪に、その場の空気が一気に張り詰めます。ちょうどそのとき、娘は僕の母に連れられてお手洗いへ。個室には、僕たち大人だけが残っていました。
すると社長は、僕の顔を確かめるように見たあと、ずかずかと近づいてきました。
「あなたがご主人ですよね? だったら話は早いです。奥さん、もうあなたとは終わってるつもりみたいなんで、身を引いてもらえませんか」
社長の勘違い
親族はあぜん。そんななか、僕はなるべく冷静に返しました。
「身を引くも何も……。あなた、本当に何も聞いていないんですか?」
一方、父はすぐに顔色を変え、「不倫相手ってあんただったのか。息子の家庭を壊しておいて、よくのこのこと来られたな」と声を荒らげます。
そう。実は僕は、その女性――つまり元妻とは、すでに離婚していました。元妻の不審な行動が続き、別の男性の存在を疑うようになったことから、話し合いの末に別れることとなったのです。
どうやら社長は、元妻から夫婦関係はとっくに破綻していると聞かされ、それを都合よく信じ込んでいたようでした。正式に離婚しているかどうかも確かめないまま、僕と元妻がまだ夫婦だと思い込み、ここへ乗り込んできたのでした。
僕が「元妻とはもう別れてますよ」と告げると、社長は一瞬きょとんとしたあと、みるみる顔色を変えました。
「は……? 元妻? いや、ちょっと待ってくださいよ。離婚したなんて、そんな話は聞いてないって!」
若女将が一喝!
そのときです。騒ぎを聞きつけた若女将が、急ぎ足で部屋へやってきました。
「お客様、申し訳ございませんが、こちらはご家族でのお祝いのお席です。ほかのお客様のご迷惑にもなりますので、お引き取りください」
穏やかな口調ではありましたが、きっぱりとした言い方でした。社長もそれ以上は居座れなかったようで、唇を震わせながら「おい…話が違うだろ…。そんなの聞いてないぞ…」と吐き捨てて部屋をあとにしました。
若女将は、そのあとすぐに僕たちを気づかってくれました。
「お嬢ちゃん、大丈夫でしたか?」
「ありがとうございます。ちょうど席を外していたので、巻き込まれずにすみました」
そう答えると、若女将はほっとしたようにほほえみました。
騒動のあとで
数日後、社長が料亭で騒ぎを起こしたことは、あっという間に周囲に伝わりました。あの店は昔から顔の広い人たちが集まる場所でもあり、うわさが広まるのは早かったようです。元妻との関係が取り沙汰され、仕事にも少なからず影響が出たようでした。その後、二人がどうなったのかは知りません。
一方の僕は、あの件のあと、お礼も兼ねて何度かその料亭を訪れるようになりました。娘もその店を気に入ったようで、二人で足を運ぶことも。若女将は会うたびに娘のことを気にかけてくれて、少しずつ言葉を交わすようになりました。
そして半年後。再び親族でその店を訪れた帰り際、僕は意を決して声をかけました。
「いつも気にかけてくださってありがとうございます。よければ今度、あらためてお礼をさせてください。ご都合が合えば、一緒にお食事でもいかがですか?」
すると若女将は、やわらかく笑ってうなずいてくれました。
「もちろんです」
その笑顔を見た瞬間、僕はようやく、あの日の騒動が本当に過去のことになった気がしました。これからは娘とともに、穏やかな毎日を大切にしていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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