「手を抜くな」「犬のエサ?」同居後に豹変した義母と夫→作るのやめて反撃開始!妻が相談した相手は?

私は30歳。夫との子どもを妊娠中で、もうすぐ臨月を迎えるため、おなかもすっかり大きくなり動くのもひと苦労。そんな中、大学時代の友人・A子がベビーグッズをたくさん譲ってくれて、穏やかな妊婦生活を過ごしていました。
ある日、義母から「あなたをサポートしやすくなるから」と同居を提案されました。当時は義母との関係も良好で、私も出産前に誰かの助けがあったほうが安心だと思い、申し出を受け入れることにしたのですが……。
やさしかった義母が豹変!?
ところが、いざ一緒に住み始めると、義母の態度は一変。
「妊婦だからって甘えてない?」
「体動かさないと、お産が重くなるよ」
そう言って、家事のほとんどを私に押しつけてきたのです。体は重く、腰も痛い。それでも休むことを許されず、私はどんどん追い詰められていきました。夫に相談しても、「母さんも悪気はないよ」と取り合ってくれず、私は孤立していきました。
そんなある日、夫が仕事でトラブルがあったのか、不機嫌な態度で帰宅。心配して声をかけると……。
「だいたいお前が母さんとうまくやらないから、こうなったんだよ!」
そう言って、八つ当たりしてきたのです。義母はその様子を見てクスッと笑い、「まったく手のかかる嫁ねぇ」と嫌みを言う始末。
この日を境に、夫の私への態度も明らかに変わっていきました。以前は表向きだけでも私の味方でいてくれたのに、徐々に義母の言いなりのようになり、私に対しても冷たく、攻撃的な言葉を向けるようになっていったのです。
弁護士の友人に、助けを求めた私
このとき思い出したのが、大学時代からの友人・A子のこと。
A子は弁護士として働いていて、以前から「何かあったらすぐに連絡して」と声をかけてくれていました。私は思い切って連絡を取り、これまでの出来事を話しました。
A子は私の話を真剣に聞いたうえで、「今すぐ決断しなくてもいい。でも、何かあったときのために記録を残しておいて」とアドバイスしてくれました。
私は言われた通り、義母や夫の言動をメモに残し、スマホで会話を録音するようにしました。
離婚の決定打になった出来事
ある日の夕食準備中のこと。いつものように食卓に料理を並べていると、義母が言いました。
「相変わらず、犬のエサみたいなごはんねぇ」さらに夫も「手抜きしやがって!」と怒鳴り、私の作った料理を床に叩きつけたのです。私は黙って、床に散らばった料理を片づけながら言いました。
「わかりました。それなら食べなくて結構です。もう、料理を作るのもやめますね」
その瞬間、心の中で何かが決定的に切れました。
“この家では、もう生きていけない”
“子どもをこの環境に巻き込むわけにはいかない”
その夜、私はひとりになったタイミングで、A子に再び連絡を取りました。
「やっぱり、もう限界。離婚したい」私の決意を聞いたA子は、すぐに動いてくれました。「わかった。できる準備、全部こっちで進めるから」と言ってくれ、私はこれまでに録音していた音声やメモも、すべてA子に共有しました。
数日後、玄関に現れたのは
数日後の夕方、A子がわが家を訪ねてきました。
「今、大丈夫?」
そう言って入ってきたA子は、私の顔を見るなり真剣な表情で言いました。
「覚悟、できてるよね?」
私は黙ってうなずきました。鞄から封筒を取り出し、静かにテーブルの上に置いたA子。中には、私が記入済みの離婚届と、録音データのコピーなどが入っていました。突然の展開に、夫と義母は目を丸くしました。
「ちょっと待てよ……なんだよそれ」
「冗談でしょ? 離婚なんて!」
2人の顔がだんだん焦った表情に変わっていきます。
「これまでのやりとりはすべて記録しています。法的な手続きは、友人であり弁護士の私が引き受けます」
A子が淡々と告げると、義母の顔色はみるみる青ざめ、夫は「ふざけるなよ!」と声を荒らげました。私は心の準備ができていたので、落ち着いて言い返しました。
「ふざけた態度ばかりとっていたのは、あなたたちでしょ。どんな言葉を並べても、もう戻るつもりはありません」
義母は震える声で「ただの冗談じゃない」と繰り返し、夫も「子どもも生まれるんだし、やり直そう」とすがってきました。けれども私は、はっきりと言いました。
「その言葉、今さら何の意味があるんですか?」
夫から身勝手な連絡。私の対応は…
A子の協力のもと、私はこれまで集めてきた証拠をもとに離婚手続きを進め、慰謝料と養育費も請求。無事に離婚が成立しました。
離婚後しばらくして、夫から一通のメールが届きました。
「リストラされて、今はバイトで食いつないでる。慰謝料と養育費の支払いが正直きつい」
そんな連絡をされても、私には関係ありません。自分でまいた種は、自分で刈り取るしかないのです。義母についても、「パートを始めたけど長続きせず、今は何もしていない。俺とは別々に暮らしてる」とだけ書かれていました。
私は淡々と、「今後の連絡は弁護士を通してください」とだけ返信し、それきり連絡を絶ちました。これで、もう感情が揺さぶられることはありません。
その後、実家に戻っていた私は無事に女の子を出産しました。両親やA子に支えられながら、心穏やかな毎日を過ごしています。これからは娘と2人、楽しい人生を歩んでいこうと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
続いては、無事に出産を終え、いよいよ赤ちゃんと家族水入らずの生活が始まる……! そんな幸せいっぱいのなか、夫の信じられない裏切りによって絶望に突き落とされた妻の体験談です。「育休を取る」という約束を破り、無断で義母との同居を決め、あろうことか産後間もない妻に……。
そんな最悪の状況に直面した妻が、母としてわが子を守るために見せた「華麗な反撃」とは?
義母「今日から同居よ♪あなたはリビングで寝て」私「出て行くのでご心配なく♡」義母と夫に反撃開始!

妊娠後期、体調不良で早めに実家へ里帰りすることになった私。しかし、それを知った義母や義姉から浴びせられたのは、労いではなく「甘えだ」「勝手なことを」という非難の言葉でした。
夫も頼りにならず不安が募るなか、無事に出産。ようやく赤ちゃんとわが家へ帰宅すると、そこには信じられない光景が広がっていたのです。これは、私が母として、自分と大切な子どもの居場所を守るために戦った記録です。
妊娠後期に入り、おなかの張りが頻繁になってきました。医師からも「安静が必要。早めに実家に戻ったほうがいい」と勧められ、私は予定より早く里帰り出産のため実家に戻ることに。
夫には、義母たちへの連絡をしっかり頼んでおいたのですが……。
身勝手な義母と義姉
実家に着いてひと息つく間もなく、携帯が鳴りました。義母からでした。
「ちょっと! いったいどういうつもりなの!? 息子から聞いたけど、里帰り出産のために実家に戻ったって本当なの!?」
電話口から、怒気を含んだ声が聞こえてきました。私が体調のことを説明し、医師のアドバイスを受けての判断だったと伝えても、義母の怒りは鎮まりません。
「はぁ!? 聞いてないわよ、そんな話! 嫁いだ身で里帰りだなんて、何考えてるの!? 私たちにおうかがいを立てて、許可が出てからならともかく……勝手に決めるなんてありえないわ!」
まさか、里帰り出産にも義母の許可を取らなければならないなんて……私は耳を疑いました。
「そもそも体調が悪いとか、いちいち大げさなのよ! そんなの甘えでしょ!」
義母は、自身が妊娠中でも家事も畑仕事も完璧にこなし、元気な子を産んだと自慢げに続けます。体調不良は人それぞれだと説明しても、「根性が足りないからよ!」と一蹴されてしまいました。
あまりの言い草に言葉を失っていると、義母は私の両親が何と言っているのかと尋ねてきました。両親が私の体を心配し「このまま休んでいきなさい」と言ってくれたと伝えると、義母は「なんて娘に甘いのかしら」とあきれたような声を出しつつも、少しトーンダウンしました。
結局、「まぁ……そちらのご両親がそう言ってるなら、仕方ないわね……」と、不満そうに電話は切れました。
息つく暇もなく、今度は義姉から着信がありました。
「ちょっと! あんた、もう里帰りしたって本当なの!?」
義母とそっくりな剣幕です。事情を説明すると、義姉はさらにヒートアップしました。
「はぁ!? 私聞いてないんだけど!? こっちで産むんじゃなかったの!? 私、いま婚活中なの! やっと出会えた人が子ども好きだって言うから、あんたの赤ちゃんを抱っこして写真を撮って、子ども好きアピールするつもりだったのに!」
なんと、私の子どもを、自分の婚活の道具に使うつもりだったと言うのです。
「こっちで産んでくれれば、退院したらすぐに写真とかいっぱい撮って、彼に送れたのに! 全部予定が狂ったのよ!」
生後間もないわが子をそんなことに使わせるつもりは毛頭ありませんでしたが、義姉の怒りは収まりません。身勝手な怒りを一方的にぶつけられ、私はただ「すみません」と謝ることしかできませんでした。
立て続けの電話にぐったりしながら、私は夫に電話をかけました。
「ねぇ、ちょっといい? お義母さんたちに里帰りのこと、ちゃんと話してなかったの? さっきすごく怒られたんだけど……」
夫は、「ご、ごめん、忙しくて伝え忘れてたかも……」とあっさり白状しました。しかし、私が義母に「甘えだ」「弱いからだ」と責められたことを伝えても、夫の反応は鈍いものでした。
「それは言いすぎだな。でも、母さんたちなりに心配してるんだよ。ほら、口は悪いけど悪気はないっていうか……」
その言葉に、私はカッと頭に血が上るのを感じました。
「それ本気で言ってるの? 心配なら『体を大事にして』って言うでしょ。どうして私を責める言葉しか出てこないの?」
夫は「まぁ、母さんたちの性格だしさ……」と言葉を濁し、信じられない提案をしてきました。
「それなら、いっそ戻ってくるってのはどうだ? 正直……俺も内心は、里帰りはあんまり賛成じゃなかったんだよね。やっぱり母さんたちの言う通りっていうかさ。里帰り出産だと、俺もすぐに赤ちゃんに会えないし。こっちで産んでも問題ないと思うんだよね」
体調が悪くて安静にと言われているのに、気兼ねなく頼れる実家を頼って何が悪いのか。そう詰め寄ると、夫は「たしかにそうかもしれないけどさ……そのせいで角が立ってもややこしくなるだけだし……」と、結局は波風を立てたくないだけ。私と子どもより、自分の家族の機嫌を優先する姿に、深い失望を覚えました。
唯一の救いは、育休の申請だけは「もちろん! 2カ月で上司にお願いしてあるから」と断言してくれたことでした。このときは、この言葉が嘘だったなんて思いもしなかったのです。
夫の裏切り
それから数カ月後、不安を抱えつつも、私は実家の近くの病院で無事に出産。実家で両親のサポートを受けつつ、ようやく少し育児に慣れてきたころ、私は子どもを連れて夫の待つわが家へ。しかし、自宅のドアを開けた瞬間、私は言葉を失いました。玄関から廊下にかけて、見知らぬ荷物が山積みになっていたのです。リビングに入ると、家具の配置まで勝手に変えられていました。
「……いったい、私がいない間に、誰を家に連れ込んだのよ!?」
まさか浮気……と血の気が引く思いで夫にメッセージを送信すると、返ってきたのはまさかの言葉でした。
「え、誤解だよ、誤解! 母さんだって!! 母さんが『これから一緒に暮らしたい』って言っててさ。今朝、たくさん荷物を持ってきたんだよ」
信じられない言葉に、頭が真っ白になりました。
「……ところで、お前が帰ってくるのって、今日だったっけ?」夫は、私が赤ちゃんと帰宅する日さえ忘れ、お義母さんと外食に出かけていたのです。義母とはすでに別れ、夫はウィンドウショッピングをしていたのだとか。
「早くわが子に会いたいから里帰りやめろとまで言ったくせに! どうして忘れるのよ! そもそも同居ってなに!? ひと言の相談もなく、勝手に決めたの!?」
夫は「え、いや、その……俺も育休を取ってないしさ……。だから……誰かいたほうが助かるかなって。母さんも喜んで『すぐに行く』って言ってくれたし」と答えました。
「……は? ちょっと待って? 今、なんて言った? 育休、取ってないの!? 里帰りから戻る時期に合わせて2カ月取るんじゃなかった?」
初めての育児で不安だから、あれだけ育休取得をお願いしたのに……。
「実は……あれは嘘で、実は申請してなかったっていうか。職場で誰も取ってないし、正直ちょっと恥ずかしくて……。母さんにも『男が家にいても邪魔になるだけ』って言われて……」
夫は、衝撃の事実を告白しました。私との約束を破り、内緒で同居まで決めるなんて……。ぼう然としていると、そこに、義母が帰ってきました。
「お帰りなさい! びっくりしたかもしれないけど、頼れる姑がそばに居るって、すごく心強いでしょう? 育児のことなら、なんでも私に聞きなさい」
したり顔の義母に、私は静かに尋ねました。
「では早速質問ですが、頼れる姑に、部屋を奪われたんですけど。どうやって育児をすればいいですか?」
そう、私たちの寝室だった部屋は、完全に義母の荷物で占領されていたのです。
「そ、それは、なんとかなるわよ! 嫁なんて、リビングで寝てればいいの!」
信じられない言葉でした。産後でボロボロの私に、リビングで寝ろと……?
絶望している私を気にも留めず、義母は「孫と一緒に暮らせるなんて夢みたい! お友だちにも『息子夫婦としばらく一緒に暮らすの』って自慢しちゃった!」と浮かれています。
「そのお友だちの方々には伝えてあるんですか? 嫁の部屋を奪ってまで、同居するって話は」と私が皮肉を言うと、義母は「もう、ネチネチうるさいわね!」と逆ギレしてきたのです。
「あなたの部屋はもう片付けておいたから」
「これからはリビングで生活してね」
「出て行くので大丈夫です♡」
「え?」
あわてる義母に、私は冷静に告げました。
母になった私の決意
「産後の母体に必要なのは『静かな休養』と『安心できる環境』です。リビングで寝ろなんて……こんな劣悪環境の家にはいられません。母親が安心できないなら、赤ちゃんにとっても危険ですよね? だから、赤ちゃん連れて、実家に帰ります。さようなら」
子どもを抱えてリビングを出ようとする私の前に立ちはだかった義母は、「母親経験のある私がいるんだから、問題ないわよ! なに勝手なこと言ってるの!」と言いました。
「……いや、問題しかないでしょう? 嫁の部屋を奪うような人に、大事なわが子のお世話なんて頼みたくないですし。そういえば、実は父と母が心配して最寄り駅まで送り届けてくれたんですよ。まだ近くにいるはずなので、このありのままの状況を見てもらいましょうか?」
そう言ったとたん、義母の顔色がサッと変わりました。
「ちょ、ちょっと待って! それだけはやめて!!」
「残念ですけど、もうあなたたちに気を使うつもりはありません。私は、あなたたちの人形じゃありません。わが子と私の生活は、私が守ります」
私は赤ちゃんを連れて、事情を知った両親とともに実家へ戻ったのでした。実家に着くと、「おい、本当に帰ったのか!?」と夫から泣きそうな声で電話がかかってきました。
「逆に、本気で私がこんな身勝手な同居を受け入れると思ったの?」
私は、夫が私との約束を破り、育休を取らなかったこと、義母のご機嫌取りのために私たち親子を利用したことをすべてぶつけました。
「ご、ごめん! 本当にごめん! 同居はすぐに解消するよ! 俺が責任持って母さんを追い出すから、戻ってきてください!」と涙ながらに謝る夫に、私は冷たく返します。
「今更、謝っても遅いのよ。なんだったら、うちの両親もすごく怒ってるんだからね。『産後の娘になんてことを』『あの家には帰らせない』って、隣で言ってるよ」
「そ、そんな……! お義父さんお義母さんまで……!」とひどくショックを受けている夫。すべて自業自得なのに……。
このまま話していても仕方がないと思った私は、「謝罪の気持ちは行動で示して。私の両親も待ってるから」とだけ告げ、電話を切りました。
翌日
夫は血相を変えて実家に飛んできました。そして、私の両親の前で『自分が間違っていた』と謝罪しました。
私の両親から厳しく叱責され、私からは『今すぐお義母さんに帰ってもらえないなら離婚する』と告げられた夫。夫は『同居はすぐに解消する!』と約束してくれましたが、両親とも話し合って、しばらく私は実家で暮らすことになりました。
もちろん、義母からも「いきなり追い出すなんて!」と怒りの電話がありましたが、私はきっぱりと言い返しました。
「夫は両親の前で謝罪してくれましたが、私は当分実家で暮らします。出産直後の嫁の部屋を奪い、『リビングで寝なさい』と言ったのは誰ですか? 私はもう二度と、お義母さんに会うつもりはありません。子どもも会わせません」
私が本気で距離を置くつもりだとわかると、義母は「そ、そんな……! 孫に会えないなんて」とあわてて謝罪の言葉を口にし始めましたが、もう遅いのです。
「どうしても会いたいなら、私の実家までどうぞ会いにきてください。ただし、お義母さんがうちの子に会うときは私の両親も同席することが条件です」
絶句してしまった義母の返事を待たずに、私は静かに電話を切りました。
その後、義母は「孫と暮らす」と近所に自慢していた手前、すぐに追い出されたことで事情が知れ渡り、孤立気味だそうです。義姉も、婚活相手に『生まれたばかりのかわいい姪っ子がいるの』と散々アピールしていたのに、私が実家に帰ったことで嘘つきだと思われてしまったようです。結局、その方とはうまくいかなかったと夫から聞きました。
夫はというと猛省し、今では頼れる父親として、仕事と育児に励んでくれています。あの後、夫は本気で会社と交渉してくれ、数カ月後には私の実家近くの支店への異動が叶いました。
あのとき、勇気を出して「NO」と言って本当によかったと思います。理不尽な要求に黙って耐えるのではなく、自分と大切な子どもを守るために声を上げる。その強さが、今の穏やかな幸せにつながっていると実感しています。守るべきものができた今、私は母として、強くあり続けたいと思います。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
妊娠・出産という心身ともに大きな負担がかかる時期に、一番の味方であるはずの夫や義家族から思いやりのない仕打ちを受ければ、その後の関係が破綻するのは当然の結果と言えるのではないでしょうか。自分の都合ばかりを優先し、家族を大切にできなかった人たちは、最終的に孤立してしまうものなのかもしれませんね。
ただ耐えるのではなく、自分と子どもの人生を守るために「決別」や「距離を置く」という確固たる行動に出た妻たち。そのブレない強さが、穏やかで幸せな日々を取り戻す鍵となったのでしょう。尊厳を傷つけられるような局面に立たされたなら、泣き寝入りせず、自分の心と大切なものを守るために、立ち向かう勇気を持ちたいですね。