見えていなかった義実家の“本当の姿”
ある日、出張先で買ったお土産を渡すために、私は義実家へ向かいました。いつものように玄関を開けた瞬間、私は思わず足を止めることになったのです。
というのも、リビングいっぱいに段ボールが積み上げられ、床がほとんど見えないほどになっていたからでした。普段はきれいに整っている家だけに、その光景はあまりにも異様で、しばらく言葉が出ませんでした。私が「なんですか、この荷物?」と思わず声を上げると、奥から出てきた義母は少し困ったように笑いながら「ごめんなさいね、散らかっていて。内職の資材なの」と、小さくため息をついたのです。 その言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥がざわつくのを感じました。義母は体があまり強くないため、家の中でできる仕事として、少し前から内職を始めたのだといいます。けれど、それだけではありませんでした。義父も再雇用だけでは足りず、収入を補うために仕事を増やしているというのです。義母はしばらく黙り込み、視線を落としました。そして少し間をおいてから「生活費のためにね……」 と、力なく答えたのです。 その言葉を聞いたとき、私はようやく気づきました。その原因が誰なのか――私はすぐに思い当たってしまったのです。
義姉でした。義姉はこれまで職を転々とし、現在は無職で実家暮らし。生活費のほとんどを義両親に頼ったまま暮らしていました。食費も光熱費も負担せず、それでも「実家にいれば困らない」と言い続けてきたのです。義母は「何度も話したのよ。少しでも働いてほしいって……」と言いながら、疲れたように肩を落としました。その姿を見て、私は胸が締めつけられる思いでした。優しさで支え続けてきた結果、義両親はすでに限界まで追い詰められていたのです。このままでは、きっと取り返しのつかないことになる――そう感じた私は、その日の夜、夫にすべてを打ち明けることにしました。
「旅行でしょ?」ついてきた義姉の勘違い
義実家の現状を知ったその夜、私は帰宅した夫にすべてを打ち明けました。義母が内職を始めていること、義父も仕事を増やしていること。そして、このままでは本当に生活が立ち行かなくなるかもしれないこと……。話し終えたあと、しばらく部屋の中には重たい沈黙が流れました。
それから私たちは、どうすれば義姉に現実と向き合わせられるのか、遅くまで話し合いました。 無理に責めればきっと反発するでしょうし、このまま放っておけば状況は悪くなる一方です。 そこで私たちが立てたのが「家族旅行のふりをする計画」でした。 行き先は、私の実家。実は私の実家は農家で、ちょうどその時期は人手が足りず、毎日慌ただしく働いていたのです。だったら、その環境の中に義姉を放り込めば、少しは“働くこと”の大変さを身をもって知るのではないか――私たちはそう考えました。そして、義姉は1人では料理も洗濯も何もできない人なので、義両親が出かけようとすると必ず「どこ行くの? 私も行く!」と、当然のようについてこようとする人でした。 家に置いていかれるのは嫌なくせに、自分からどこかへ行く気力もない。だからこそ、義両親が家を空けようとすれば、今回もきっと食いついてくる――私たちはそう踏んでいたのです。
そして迎えた出発の日。 私たちが何事もないように荷物を車へ積み込んでいると、案の定、背後から「仲間外れにするな! お金はないけど私も行く〜」と、旅行だと思って張り切ってボストンバッグを抱えてきました。私は思わず、夫と顔を見合わせました。
やっぱり来た。 ――
ここまでは、すべて計画どおり。そして数時間後、車が目的地に到着すると、義姉は車を降りたままその場で固まってしまいました。 見渡す限りに広がる畑。作業着姿で立っている私の両親。そして整然と並べられた農具……。義姉は「……え? 旅行じゃないの!?」と声を上げました。私は「違いますよ? 今日から少し、農作業を手伝ってもらいます」と告げました。その瞬間、義姉の顔から笑顔が消えたのです。
義両親が突きつけた現実
車を降りた瞬間、義姉は「無理無理無理! こんなの聞いてない!」と大声を上げました。続けて「私、畑なんてやったことないし!」と激怒! すると、これまで黙っていた義母が真剣な表情で「私たちね……もう限界なの。あなたが困ったときは、何度でも助けてきたわ。食事も、生活も、全部」と告げました。義母の言葉に義姉は顔をしかめながら、何も言えずに立ち尽くしていました。
義母はさらに「このままじゃ私たちが倒れてしまう。それでも、あなたは何もしないままでいるつもり?」と問いかけました。義姉は視線をそらし、しばらくの沈黙のあと「……そんなの、私のせいじゃないでしょ」と呟いたのです。その一言に、空気がぴんと張りつめました。すると、義父が「違うだろ? 今まで逃げてきたのは誰だ! 働くことから、目を背けてきたのは誰だ!」と言い放ったのです。義姉は口を開きかけましたが、言葉が出てきませんでした。
そしてその日の午後。 結局、義姉はしぶしぶ作業着に着替えることになったのです。 最初は、文句ばかりで何度も手を止め、そのたびに不満そうな顔を向けてきます。しかし、義父が「それが仕事だ」と言うと、義姉は黙って手を動かすしかありませんでした。翌日も、その次の日も、同じ時間に起きて畑へ向かう日々が続きました。最初はふてくされた表情の義姉でしたが、毎日体を動かし続けるうちに、少しずつ変化が見え始めたのです。 そして数日後の夕方。 収穫を終えたあと、義姉は手にした野菜をじっと見つめながら「……ちゃんと働くって、結構楽しいじゃん」とポツリ。その声は、これまで聞いたことがないほど小さく、どこか素直なものでした。その言葉を聞いたとき、義母は小さく息を吐き、少しだけ肩の力を抜いたように見えました。そして私も、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていました。
その後、義姉は数日間、私の実家で畑仕事を手伝い、義実家へ戻ることになりました。 いきなり別人のように変わったわけではありません。それでも帰宅後、義姉はこれまでのように義両親に頼りきるのではなく、自分で仕事を探すようになったのです。 やがて短時間の仕事を見つけ、少しずつ働き始めるようになりました。そして何より―― 義両親の表情が、以前よりもずっと穏やかになっていたことが、私には何よりもうれしく感じました。
◇ ◇ ◇
家族だからといって、いつまでも支え続けることが正しいとは限りません。ときには厳しい現実を突きつけることが、本当の意味で相手を思う行動になることもあるのでしょう。甘え続ける環境から一歩離れ、自分の力で立とうとする経験こそが、新しい一歩につながるのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。