結婚5年目。私は専業主婦で、夫は会社員でした。外ではそれなりに評価されている人で、同僚や上司の前では穏やかな人でした。夫は口癖のように、私に向かってこう言いました。
「俺が稼いでやってるんだから」
「専業主婦はラクでいいよな」
最初のうちは言い返すこともありましたが、3年目を過ぎるころから、私はただ「うん」と答えるだけに。わざわざ波風を立てる必要はないと思っていたのです。
姉妹を比較する夫
そうしているうちに、夫の言動はますますひどいものになっていきました。先週喜んでくれたから、と夕食にハンバーグを出すと、夫は大げさにため息をついたのです。
「また同じハンバーグか? レパートリーが少ない」
「レシピを調べる時間くらい、いくらでもあるだろ? バカの一つ覚えかよ」
こういうことが積み重なっていくうちに、この家の中で、私は少しずつ居場所を失っていくように感じていました。
さらに、夫は私と妹をことあるごとに比較するように。「妹は気が利くし、しっかりしてるのにな」と、妹を持ち上げるのです。
妹が手作りのケーキを持ってきた日は、「さっきのケーキ、本当にうまかったな」「お前も妹に教わって、練習でもしたらどうだ?」と何度も言われました。私は「……あの子、昔からお菓子作り得意だったから」と返すだけでした。
妹の来訪の頻度が増えるにつれて、夫の態度にも小さな変化が生じました。帰宅が遅い日が増え、スマートフォンを伏せて置くようになり……私が話しかけても、生返事。
どれも証拠にはなりません。ただの気のせいかもしれません。何度も自分に「考えすぎだ」と言い聞かせましたが、それでも違和感は消えてくれませんでした。
そんなある日、妹が帰ったあとに夫が「あいつは本当にいい子だな」とぽつりと言ったのです。その独り言のような口調に、私は胃のあたりが冷えていくのを感じました。
眠れない夜が続くようになったのは、その日からです。
突然告げられた妹の妊娠
妹から電話がかかってきたのは、私が寝不足の目をこすっていた昼下がりのことでした。
「お姉ちゃんの旦那さんとの間に、子どもができたの」
「だから、ちゃんと結婚しようねって2人で話し合って決めたんだ。お姉ちゃんには離婚してもらわないといけないんだけど」
私が黙っていると、妹は焦ったのか、さらに言い訳じみた言葉を続けました。
「順番は間違えちゃったかもしれないけど、本気なの」
「彼も、お姉ちゃんに気持ちはないって言ってたし……」
それでも黙っていると、妹の本音が聞こえ始めました。
「お姉ちゃん、全然気づいてなかったでしょ」
「そんなに鈍感だから、奪われちゃうんだよ?」
ここで何を言っても、もう何も変わらないのだと、はっきりわかってしまいました。裏切られたはずなのに、不思議と涙は出ませんでした。あの人の顔色をうかがわなくていい生活が、頭をよぎったからかもしれません。
私は少しだけ間を置いてから、「どうぞどうぞ」と返しました。
そして「離婚届を近日中に書く」と伝えたのです。すると妹は「え?」と驚いていましたが、私はそのまま電話を切りました。
あの違和感の正体を知ってもなお、私の中には悲しみも怒りも生まれませんでした。ただただ、胃が重くて気持ち悪い。このあと、夫からも同じことを告げられるのだろうと思うと、気持ちがゆっくり沈んでいくのを感じました。
私の予想通り、その日のうちに夫からも離婚を突きつけられました。
「彼女から聞いたと思うけど、離婚な」
何かを言おうにも、喉の奥が張り付いたように乾き、痛みました。ようやく出てきたのは、「別に、いいよ」というかすれ声。
夫は少し拍子抜けした顔をしました。もっと取り乱すと思っていたのでしょう。
しかしその夜、私は何も食べられませんでした。泣きたいのかどうかもわからないまま、寝室にも行かず、電気もつけないまま台所の椅子に座っていました。どれくらい時間が過ぎたのかも、わかりませんでした。何も考えたくないのに、同じ言葉だけが何度も頭の中を回っていました。
夫が知らなかった私の時間の使い方
翌日の夜――。
夫から改めて、離婚後の話をされました。
「俺と彼女がここに住むから、お前は出ていってくれ」
「俺のローンで買った家なんだから、当然だろ?」
もう、これ以上何も失うものはない。そう思って、初めて夫の目をまっすぐ見返しました。
「この家の頭金2000万、誰が出したんだっけ?」
夫は私から目をそらしました。
家を買うときの手続きは、ほとんど私がやりました。夫は仕事が忙しいからと、書類関係は全部任されていたのです。結婚当初、私は頭金として2,000万円を支払いました。独身時代から10年かけて貯めていたお金です。
家を買った当時、私はまだ働いていて、安定した収入がありました。そのため、住宅ローンの契約者は私になっていました。手続き関係もほとんど私が進めたのです。返済は夫婦の生活費の中から行っていましたが、夫はそれを「自分が払っている」と思っていたようでした。
「返済に関わっていたからって、この家があなただけのものになるわけじゃないそうよ。詳しいことは、私の弁護士から聞いて」
そう言うと、夫は後ずさりました。私が離婚を切り出された翌日に、弁護士に相談しに行ったとは予想だにしていなかったのでしょう。
「もちろん、慰謝料も請求するから。不倫の証拠もあるからね」
「証拠ってなんだよ!」と声を荒らげた夫。私はその場で答えるつもりはありませんでした。妹が私を悔しがらせたくて送ってきたであろうツーショット写真ややり取りのスクリーンショットは、すでに弁護士に預けてあります。
「この家があっても、ずっと専業主婦だったお前がひとりで生活していけるわけがないだろ!」
「慰謝料で暮らしていこうだなんて、せこい女だな!」
私は少しだけ間を置いてから、口を開きました。
「……別に、慰謝料に頼るつもりはないよ」
夫が眉をひそめるのを見て、私は続けました。
「生活に困らないくらいには、投資で収入があるから」
夫が言葉を失ったのを見て、私は続けました。
「専業主婦って時間があるでしょ。だから、ちゃんと使ってただけ」
結婚前から続けていた投資。婚前の資産は私のものとして扱われるそうです。婚姻後に始めた分は分与の対象になるようですが、生活に影響するほどではありませんでした。
「なんで黙ってたんだよ!」と夫はさらに声を張り上げましたが、もう驚きも怖さもありませんでした。他人になる夫に、これ以上のことを言うつもりもありません。もう私たちは家族ではなくなるのですから。
その後――。
私と夫は離婚。今は、弁護士を通じて財産分与と慰謝料についての取り決めをおこなっています。
5年間の結婚生活で、私は毎日少しずつ自分を削られていました。反論するエネルギーと、反論したあとの空気の重さを天秤にかけて、いつも黙ることを選んでいた。それが正しかったとは思いません。
もし私が投資でそれなりの財産を築いていることをもっと早く夫に教えていたら、今も幸せな結婚生活を送れていたのだろうか、という疑問が頭をよぎることもありました。しかし、この結末は変わらなかったはずです。
元夫と妹は入籍したと聞きましたが、それ以上は追っていません。元夫は会社での立場も悪くなったと聞いています。
妹も、結婚を後悔しているらしいと母から聞きました。妹は子どもを連れて実家に身を寄せていると、母から聞きました。あの人の性格を考えれば、結婚してから態度が変わっていても不思議ではありません。
けれど、もう私には関係のないことです。あの2人のことよりも、今の私にとっては自分の生活が第一です。自分の好きな時間に、好きなものを作って食べる。誰かの顔色をうかがう生活は、もうこりごりです。これからは、自分のために、自分で選んだ人生を生きていきます。
【取材時期:2026年3月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。