やさしかった義母はどこへ?
夫は代々続く農家の長男。一般企業に勤めながら、隣の町に住む実家の農業を定期的に手伝っていました。夫は3人きょうだいでお姉さんと妹さんがいますが、義母とは絶縁状態に近いほど仲が悪く、盆暮れも帰ってこない彼女たちを「恩知らず」「育て損」と義母はいつも呪うように吐き捨てていました。そして、唯一実家に帰ってくる息子(夫)をかわいがっていたのです。
義母は嫁である私のことも大切にしてくれて、結婚前から妊娠中までまったく嫁姑トラブルは無し。妊娠中に義実家に顔を出した際も、ちょっとでも農業を手伝おうとすると「今は体が一番だから。もう休んでおいて」と気を使ってくれるなど、いい関係性でした。
息子を出産後、私は自宅からすぐ近くのところにある実家にお世話になることに。しかし、初孫の誕生を心待ちにしてくれていた義両親にも息子を早く見てほしくて、生後2週間のときから週末だけ義実家に顔を出すことにしたのでした。
息子を連れて2回目の訪問時、義父と夫がコンビニに買い物に出かけます。すると義母は目を細めながら「赤ちゃんを抱っこさせて」と言いました。そして、息子を抱いた瞬間、ここに嫁は不要だと言わんばかりに義母の態度が豹変したのです。
「……で、いつまでお嫁様、妊婦様のつもりなの? 無事に産んだんだから、もういいでしょ。さっさと畑に行って草取りをしてきなさい」と言われ、私は断る間もなく、くわを握らされ、義実家の横にある畑へ追い出されたのでした。産後わずか3週間。まだ体力が戻りきっていない体には、1kg以上あるくわはなまりのように重く感じられました。一振りするたびに下腹部がキュッと引きつるような感覚があり、冷や汗がにじみます。義母の豹変や、まるで「手伝わないなら息子を渡すまい」とでも言いたげな口ぶり、産後1カ月もたたない身なのに大きく長いくわを手に、25mプールぐらいはある広い畑の農作業をさせられている状況……。産後でメンタルがグラグラの私にはあまりにも過酷で、涙が出てきました。
30分後、義父と夫が買い物から帰宅。畑でひとり土にまみれ、顔を真っ青にしてうずくまりそうになっている私を見て夫は顔面蒼白に……。すぐに私を呼び寄せ家に入ると「母さんが頼んだのか!? まだ産後3週間だぞ! なに考えてんだよ!」と義母に強く言いました。義父も夫に同意します。すると義母は、夫に向かって「この子(私)もどうせ、娘たちみたいになるのよ。今は殊勝な顔をしていても、そのうち『自分の人生が大事』だの『農業なんて嫌い』だの言って、私を捨てて逃げるんでしょ? わかってるのよ。女なんて、みんな最後は裏切るんだから。せめて動けるうちにしっかり働いてもらわないと割に合わない」と吐き捨てるように言ったのです。
その支離滅裂な被害妄想に、夫は「母さんのその性格が、姉さんたちを追い出したんだろ! もう二度と、俺たちにもこの子にも触らせない」と冷徹に言い放ち、荷物をまとめて帰る準備を始めます。義母は「ま、待ちなさいよ!」「また私を捨てるのね!」と被害者面で泣き叫んでいました。
あとから夫に聞いたのですが、どうやら、義母は幼いころから夫や義姉たちに「農家の子どもなんだから、家を手伝うのは当たり前」と、遊ぶ暇もないほど農業の手伝いを強要していたのだとか。夫は土いじりや虫が好きで苦ではなかったものの、義姉たちは友だちとも遊べないその環境にストレスが溜まっていき、反発。義母は自分の思い通りにならないとわかると「育て損だ」と激しく罵倒し、限界が来た義姉妹は家を離れ、ほぼ絶縁状態なのだそう。そんなエピソードもあいまって、正直、夫から義母への今回の制裁は、自業自得としか思えませんでした。
幸いなことに、私の体調に大きな異変はありませんでした。しかし、もしあのまま夫が帰ってこず、作業を続けさせられていたら……と思うと、今でもゾッとします。
その後、義母からの謝罪はなく、数年後に長女と次女が生まれてからも、義父のみに会わせ、義母とは連絡さえ取っていません。義父にそれとなく義母の様子を聞いてみるも、あまり当時と変わっていないようで、今後も距離を置いて過ごすつもりです。
今回、たとえ家族だとしても、自分を大切にしてくれない相手とは勇気を持って距離を置くことも時として必要だと痛感しました。夫が迷わず私を一番に守ってくれてうれしかったですし、心が救われました。夫との絆を糧に、子どもたちには何かを強要せず、負の連鎖に縛られない自由で温かい家庭を築いていこうと強く心に決めた出来事でした。
著者:今野麻紀/30代・ライター。夫と6歳の長男・4歳の長女・2歳の次女の5人家族。看護師からライターに転職し、楽しく働いている。デスクワークにより運動不足が加速中
作画:Pappayappa
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年1月)