正直なところ、同居に前向きだったわけではありません。それでも子どもが欲しかった私は、将来のためにお金が必要だからと、自分に言い聞かせて同意したのです。娘が生まれてからも、「もう少しお金が貯まるまでは」と思いながら、同居生活を続けてきました。
そんな生活が一変したのは、義父が交通事故で大けがを負ったことがきっかけでした。命に別状はなかったものの、後遺症で足が不自由になり、日常的な介護が必要な状態に……。
義父はこれまでずっと私の味方でいてくれた人です。義母から嫌みを言われたときも、さりげなくかばってくれましたし、娘のことも本当にかわいがってくれていました。
その義父が困っているのなら……と、私は在宅で介護を引き受けることにしたのです。
わがまま放題の義母と夫
当時の私は、パート勤務に加えて家事と育児、そして介護をすべてひとりで担っていました。
一方で、義母と夫はほとんど何も手伝いません。声をかけても動くどころか、「あれやって」「これお願い」と指示ばかりで、リビングでくつろぐ姿が当たり前になっていました。
もともと夫にはあまり期待していなかったため、限界というほどではありませんでした。ただ、私にばかり負担が偏っていることを、義父は気にしていたようです。
「すまないね……」
何度も謝られるたびに、胸の奥が重くなっていきました。
義母や夫への不満は積み重なっていましたが、それでも義父をひとり残して家を出る選択はできませんでした。気づけば、逃げ場のないまま日々が過ぎていったのです。
夫の無責任な決断
ある朝のことです。いつもなら起きてくる時間になっても、夫が寝室から出てきませんでした。
仕事に遅れるのではないかと心配になり、声をかけに行くと、夫はあくびをしながらこう言ったのです。
「昨日、会社辞めてきたから」
耳を疑いました。理由を聞けば、会社の移転で通勤時間が延びるからだと言います。どれくらい遠くなるのかと尋ねると、たった15分程度でした。
さらに、夫は次の仕事のめども立っていないとのこと。
「今まで頑張ってきたんだから、しばらくゆっくりしてもいいだろ」
「いずれはまた、働かなきゃいけないんだからさぁ」
娘の進学も控えているなかで、あまりにも無責任だと感じました。
それでも、仕事を辞めてしまったことはどうにもできません。それなら私がフルタイムで働くから、せめて介護を手伝ってほしい――そう頼みました。
しかし夫は、あっさりとこう言い放ったのです。
「介護は嫁の仕事だろ」
その一言で、何かが完全に切れた気がしました。
義父の提案
数日後――。
義父は、夫と私を呼び出しました。そして、夫にあれこれと手伝いを言いつけます。
「なんで俺が……」とぼやき、なかなか動かない夫に、義父は静かにこう言いました。
「お前は『介護は嫁の仕事』だと思っているようだが……」
「その嫁はもういなくなる。これからは、お前がやるんだ」
夫だけでなく、私も、一瞬言葉を失いました。まさかこの間の朝の口論が、義父に聞かれているとは思ってもいなかったのです。
「嫁はいなくなるって、どういうことだよ!」と言った夫に、義父はあるものを差し出しました。
それは、記入済みの離婚届。
結婚が決まった当時、いきなりの同居を不安に思っていた私を気遣って、義父が「もしものときのために」と用意してくれたものです。私の意思で提出する場合、夫は異議を唱えないという合意を書面として残してあり、義父が離婚届と一緒に預かってくれていました。
その存在を私はすっかり忘れていましたが、義父は覚えていてくれたのです。
「今、使うべきなんじゃないかい」
そう言ってくれた義父の目はやさしく、しかし一抹の寂しさがにじんでいました。一瞬迷いましたが――私はそれを受け取り、提出することに決めました。
介護そのものが嫌だったわけではありません。ただ、このまま一方的に負担を押し付けられる生活を続けることは、もう無理だと感じていたのです。
夫は驚くほどあっさりと離婚を受け入れ、「だったら子どもを連れて出て行け」と言い放ちました。こうして私は娘を連れ、実家へ戻ることに。
義父のことは気がかりでしたが、後日、人づてに聞いた話では、あの義母と元夫が協力しながら介護をしているそうです。思うようにいかず苦労しているそうですが、それでも2人で向き合っていると聞き、少し安心しました。
「介護は嫁の仕事だ」と当然のように押しつけてきた夫。しかし実際にその立場になって初めて、その大変さを思い知ったのではないでしょうか。
家族だからこそ、誰かひとりに負担を押しつけるのではなく、支え合うことが必要だと実感した出来事でした。
私のほうは、ようやく仕事と家事と介護に追われていた日々から離れることができ、だんだんと心も体も回復してきています。しばらくは娘との時間を大切にしながら生活を立て直そうと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。