ワガママ義母と浪費家夫に限界!→「出ていって。だってこの家は…」妻の一言で、立場が逆転したワケ

私は28歳の銀行員。夫とは友人の結婚式で出会い、交際を経て結婚しましたが、結婚後に夫の金銭感覚のルーズさに気づきました。そこに突然、ワガママな義母との同居が始まり、私のストレスは限界に達して……。
突然始まった義母との同居生活
結婚当初は幸せな毎日でしたが、すぐに夫の金遣いの荒さが目立つようになりました。毎月のようにスマホゲームに課金し、生活費が足りなくなることも。私は家計の見直しを提案し、何度も話し合いをしましたが、夫は聞く耳を持たず、喧嘩になることもしばしばでした。
それでも私は、「離婚はしたくない」「なんとかこの結婚生活を守りたい」と思っていました。
その気持ちを夫にも何度か伝えてしまったことで、きっと夫は、私からは離婚できない――と高をくくっていたのだと思います。
そんなある日、夫が「来月から母さん、うちに住むから」と突然言ってきました。聞けば義母は浪費家で、亡き義父の遺産や貯金を使い果たしてしまったそうで、住む場所を失ったとのこと。
私は援助だけにとどめたいと提案しましたが、夫は「母さんに金だけ渡しても無駄。食費は払うって言ってるし、いいだろ?」と取り合わず、一方的に同居が決まりました。
義母の“マイルール”に振り回される日々
同居初日の朝5時、義母にたたき起こされ、「朝食が用意されてないなんてありえない!」と怒鳴られました。
「私は味噌汁と卵焼きと焼き魚って決めてるの! 5時に出して!」と“マイルール”を押しつけてきたのです。
私が仕事もあるから無理だと伝えても、「嫁なんだから、姑の世話をするのは当たり前でしょ?」と聞く耳を持ちません。洗濯や掃除にまで文句をつけてくる始末で、私は精神的に追い詰められていきました。
夫に相談しても、「仲良くなりたいなら、もっとお前が頑張らないと」と、私を責めるだけ。
義母との生活がつらくて、何度も「出て行ってほしい」「離婚になってもいい」と言いかけました。でも以前、夫に「私は絶対に離婚したくない」と何度も伝えてしまっていた私は、自分の言葉に縛られて、もう後戻りできないような気がしていたのです。
「離婚するくらいなら私が我慢すればいい」そう思い込んでいた私は、夫と義母にはっきりと意見できず、2人は完全に私を見下していたように感じます。
クッション事件と夫の裏切り
ある日、義母が「お菓子を切らすなって言ったでしょ!」と怒鳴りながら部屋に入ってきて、私にクッションを投げつけてきました。
バランスを崩して倒れた私を見て、夫は「母さんのお願いくらい聞いてやれよ」と言っただけ。まったくかばってくれませんでした。
夫と2人きりになったときに「さすがに物を投げつけるのはひどいと思う。お義母さんのワガママがどんどんエスカレートしているし、もう一緒に住むのはしんどい……」と打ち明けました。
すると夫は「お前が気が利かないから、母さんもイライラするんだろ? 母さんを悪く言うなら離婚だ」と、記入済みの離婚届を見せてきたのです。
私を脅して従わせようとしたその態度に、私は一気に気持ちが冷めました。
指輪事件と決定的な亀裂
数日後、義母が「大切にしている指輪がなくなった! 高価なものなのに!」と騒ぎ出し、私を犯人扱い。
「あなたが盗ったんでしょ!」と責め、夫まで「家族でもそれはダメだろ。早く返しなよ」と私を疑ってきたのです。
私は必死で家の中を探し、洗濯機の下から指輪を見つけましたが、義母は謝りもせず、「なんで掃除のときに気づかないのよ!」「どさくさに紛れて自分のものにしようとしたんでしょ!」とさらに責めてきました。
私が反論すると、夫は「母さんを悪者にするなんて最低だな! 離婚になってもいいのか?」と怒鳴り、「まぁ、お前が誠心誠意謝れば、離婚はやめてやってもいいけど?」と信じられない言葉を口にしたのです。
「じゃあ、離婚します」妻の逆転の一言
「本当? じゃあ、離婚するので、2人とも出て行ってください」
以前、夫が用意していた離婚届に、私も署名を済ませ、目の前に突き出しました。夫と義母はぽかんとした顔をしていますが、私は話を続けます。
「この家は私の名義です。父が私にくれたもの。あなたも知ってたよね?」
慌てた夫は「いや、そうだけど……離婚なんて冗談だし……」としどろもどろ。
私は冷静に言いました。
「人として尊重してくれないようなあなたたちと、これから先も一緒に生活していくなんて考えられないの。今は離婚することしか考えてないよ」
夫の焦りと義母の逆ギレ
「は? 本気で離婚する気なのかよ? お前、“離婚だけはしたくない”って言ってたじゃん!」
焦る夫に、「その言葉に甘えて、私を見下してきたんだよね」と言い返す私。すると横から、義母が声を荒らげました。
「この家は夫婦の家でしょ!? そんな勝手なこと、通らないわよ!」
私は淡々と返します。
「結婚前に父が私にくれた家なので、共有財産ではありません。すでに弁護士に相談していますので、早く出ていってくださいね」
義母は青ざめ、「弁護士って……。ご近所や親族に知られたらどうするのよ……!」とうろたえます。夫も何も言い返せず、ついに2人は家を出ていくことになりました。
その後、無事に離婚が成立。私はようやく、自分の人生を自分の手に取り戻すことができたのです。
誰かに見下され、利用され続ける関係の中では、自分らしさを守ることはできません。「離婚したくない」という気持ちは本音でも、それを盾にされて尊厳を踏みにじられるなら、一歩踏み出す勇気が必要なのだと実感しました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
続いては、義実家の家業を押しつけられ、休む間もなく働かされているにもかかわらず、「嫁だから」と無給でこき使われる妻のエピソードです。
現場をほぼひとりで回し、家事まで強要される妻。しかし、何もしない義母と義姉が「月100万円」もの高額報酬を得ていたという驚愕の事実が発覚……! 怒りが限界に達した妻が突きつけた「決断」と、義家族を待ち受けていた結末とは!?
「嫁の給料は0円!」家業も家事も丸投げ義母→「月給100万円なのに?」秘密を暴露!離婚した結果!

30歳で結婚し、その後、義実家が経営するリフォーム会社で、仕事を手伝うことになった私。当初は簡単な事務作業や雑務がメインでしたが、義父がやさしく仕事を教えてくれたこともあって、徐々にできる仕事が増えていきました。
しかし、その義父が急逝し、状況が一変。現在は私が義父の仕事を引き継ぎ、現場のスケジュールを管理したり、現場スタッフの調整をしたりしています。私が現場の指揮を執り、実質的に会社を回しているのですが……。
家族経営とはいえ、経理担当の義母、営業担当の夫、そして何を担当しているのかよくわからない義姉の勤務態度はあまりに不誠実なのです。特に義母と義姉は、出社時間が遅いうえに休憩も長く、業務の大半を私に丸投げしている状態。
それにもかかわらず、義母は「嫁の務め」として、私に昼食の準備や家事全般まで強要してきます。夫は定時に出社はするものの、「営業に行ってくる」と言って外出しても、その割に営業成果は思うように伸びておらず……。
亡き義父への恩義があるため、これまで懸命に耐えてきましたが、私の負担は限界に達していました。
嫁は給料ゼロ、休みゼロ
義父が亡くなって以来、私に給与が支払われることはなくなりました。「家族経営だから」「家計は息子が管理するから」と義母に言いくるめられ、自由になるお金も休日もない生活が続いていたのです。
しかし、来月には親友の結婚式があります。ご祝儀や身支度のために費用が必要だと義母に相談しましたが、「会社にもお金がない」「従業員の生活を守るのが先」と一蹴されてしまいました。さらには「義父への恩返しだと思って、文句を言わずに働け」と突き放される始末です。
現場の稼働状況を見る限り、経営がそこまで逼迫しているとは考えられません。最近では私がSNSで発信している施工事例が評判を呼び、新規の依頼も増えているからです。
違和感が確信に変わったのは、それから数日後のことでした。義母が不在の際、急ぎの支払い処理のため、経理資料を確認できる立場だった私は帳簿を開きました。そこで目にしたのは、驚くべき数字だったのです。
夫の給与はそれ相応の額でしたが、なんと義母と義姉には、それぞれ月100万円もの報酬が支払われていたのです。現場に出ず、会社にもほとんど貢献していない2人が高額な報酬を得ている一方で、現場を支える私が無報酬同然の扱いを受けている現実に、言葉を失いました。
もう無理。覚悟を決めた私
繁忙期を前に、夫が営業を取ってきたかと思えば、現場のキャパシティをまったく考えていない大仕事を受注してきました。到底回せないため、私はスケジュールの調整とスタッフへの手当てを義母に相談しました。
しかし、義母は「工夫してやれ」と言うばかりで聞く耳を持ちません。それどころか「あんたがいろいろ頭下げて、寝ずに働けばなんとかなるんじゃない?」と。さらに……。
「嫁の給料はもちろん0円よ」
「家族なんだから当然よね?」
法令を無視した非常識すぎる指示に、私はついに爆発。無理な工程で現場にしわ寄せが出れば、スタッフにも迷惑がかかる。そう思い、私は義母と対峙する決意を固めました。
「お義母さんとお義姉さんは月100万ですよね?」
「え?」
私が帳簿の内容を知っていると気づき、義母は動揺しましたが、すぐに開き直りました。
「夫婦は一心同体よ。息子に支払ってるんだから、あなた個人に渡す必要はないでしょう?」
夫は、義母と義姉に強く言えず、いつも言いなり。私を守ってはくれません。私が相談しても「うまくやってくれ、すまん、頼む」とだけしか言ってくれません。やさしく寄り添ってくれる義父がいないこの家に、私の味方がいないのです。本当に我慢の限界でした。
「離婚させていただきます。仕事も辞めます。お義父さんが亡くなってから支払われていない分の給料もきっちり請求しますので」
覚悟を決めて、私がそう告げると、義母は鼻で笑いました。
「あら、そう。離婚して困るのはあんたじゃないの? その歳で再就職なんてできるのかしらね? 離婚したら他人よ。後で泣きついてきても絶対に助けないから!」
その言葉を聞き、私は迷いなく家を出ました。後日、夫にも離婚の意思を伝えると、夫は「そっか」とだけ言い、素直に離婚届にサイン。いつかこうなると思っていたのかもしれません。そして、役所に提出し、私たちは離婚したのです。
義実家の末路
それから弁護士にも相談し、私は義母に支払われていなかった分の給与を請求。できる限り早く縁を切りたかったので、それ以外には請求しませんでした。無事に未払い分に相当する額を、和解金として受け取った私は、ひとり暮らしを始め、生活の立て直しに奔走。1年ほどがたった今、私の生活は劇的に好転しました。
実は、義父の代から付き合いのある職人さんや取引先の方が、私の事情を知って独立を後押ししてくれたのです。私は会社を立ち上げ、以前の現場で信頼関係を築いていたスタッフの方たちも「一緒に働きたい」と移籍してきてくれました。おかげで仕事は順調で、精神的にも経済的にも充実した日々を送っています。
一方、私が抜けた義実家の会社は急速に傾いていきました。現場を仕切れる人間がいなくなり、工期の遅れや施工ミスが多発。信用を失い、資金繰りに行き詰まっているという噂が耳に入ってきました。
やがて、切羽詰まった様子の義母から連絡が入りました。「希望の額を払うから戻ってきてほしい」「義父も悲しんでいる」と情に訴えてきましたが、私はきっぱりと断りました。
「『離婚したら他人、助けない』とおっしゃいましたよね。私も同じ気持ちです」
その後、義実家の会社は負債を抱えて倒産したと聞きました。何度か私の会社に押しかけてきて、暴言を吐くなどの迷惑行為がありましたが、警察に相談し、必要に応じて相談記録を残し、会社にも対応方針を整えたことで、現在は平穏を取り戻しています。
他人に尽くすばかりだった人生を卒業し、これからは自分自身と、私を信じてついてきてくれた仲間を大切にしていこうと思います。
◇ ◇ ◇
家族という言葉を盾に、労働力として搾取される環境は健全ではありませんね。勇気を持って環境を変えたことで、正当な評価と平穏な生活を手に入れることができました。自分の人生を守るためには、情に流されず、覚悟を決めること、行動することが大切なのだと痛感します。必要なら専門家などに相談し、自分を守るために動きたいですね。
家族経営で仕事をしていても、労働基準法上の「労働者」に当たるか(雇用契約、指揮命令、勤務実態など)で扱いは変わります。ただ、雇用に近い実態で働いているのに賃金が支払われない場合、違法となり得ます。また「家族だから」「夫に払っているから」を理由に、本人への賃金支払いを免れることは原則できません。未払いが続く場合は、勤務実態が分かる証拠(連絡履歴、出退勤記録、帳簿など)を残し、労基署や専門家に早めに相談しましょう。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
「家族だから」という言葉は、相手を思い通りにコントロールし、自己犠牲を強要するための魔法の言葉ではありません。相手の立場を利用して一方的に搾取し続けるような行為は、結局のところ、大きな支えとなっていた存在を失い、後悔する結末につながってしまうものなのかもしれませんね。
理不尽な環境に縛りつけられていた妻たちですが、自分の価値を再認識し、「別れ」という一歩を踏み出したことで、自立と平穏をつかみ取りました。不当な扱いを受けたときには、情に流されて自分をすり減らすのではなく、自らの心と未来を守るために、断固とした行動を起こせる強さを持ちたいですね。