突然の「クビ宣告」と怒号
ある日の午前、現場で資材の確認をしていた僕のスマホが何度も激しく鳴りました。画面には新社屋の施主である女社長の名前。急ぎの仕様変更かと思い慌てて出ると、開口一番、鼓膜が震えるほどの怒鳴り声が響きました。
「ちょっと! 500万円の発注ミスってどういうこと!? 今すぐ私のとこまできて説明しなさいよ!」
あまりの勢いに言葉を失っていると、彼女はさらに畳みかけます。
「こんな初歩的なミスをするなんて、あんたみたいな無能は今すぐクビよ! 私の目の前から消えてちょうだい!」
どうやら、彼女の自社内で起きた発注ミスと、僕への連絡を混同しているようです。普段の彼女はハキハキと理知的な方なのですが、この時は突然の大きなトラブルに、冷静さを欠いているようでした。背後からは、彼女を煽るような男性社員の「いい気味w」という薄笑いまで聞こえてきます。
僕はあえてゆっくりと、しかしはっきりと告げました。
「あの……まずは落ち着いてください。恐れ入りますが、自分は新社屋の現場監督ですが……」
凍り付いた電話の向こう側
「現場監督……?」
電話の向こうが、一瞬でシン……と静まり返りました。
「え、あ……嘘でしょ? 私、総務の担当者にかけたはずじゃ……」
彼女は自分のスマホの履歴を確認したのでしょう。
「あ、ごめんなさい……履歴を一つ下にずれて押しちゃったみたい……」と、蚊の鳴くような声で漏らすのが聞こえました。
怒りに任せて、トラブルとは無関係な現場監督に対し、しかも雇用関係すらない相手に「無能」「クビ」と暴言を吐いてしまったことに、ようやく気づいたようです。
あまりの気まずさに言葉を詰まらせる彼女でしたが、よほど追い詰められていたのか、消え入るような声で続けました。
「本当にごめんなさい……。実は、新社屋に入れる予定の特注デスクのサイズを全部間違えて発注しちゃって。500万円分も……返品不可だし、もうおしまいだと思ってパニックになってたの」
僕は手元の図面をパッと見返しました。
「社長、そのデスクのサイズなら、今の設計だとデッドスペースになる3階のラウンジにぴったり収まりますよ。配置を少し変更すれば、当初の計画よりずっと使い勝手のいいコワーキングスペースに作り変えられるかもしれません」
現場の細かな寸法をすべて頭に入れている僕だからこそ、即座に出せた解決策でした。
誠意ある謝罪と新たな信頼
その日の夕方、女社長は現場へ駆けつけ、深く頭を下げました。
「今朝は本当に申し訳ありませんでした。うちの社員から『総務担当者のミスだ』と嘘の報告があったことで、パニックになってしまって……勢いに任せて『クビ』だなんて叫んでしまって、お恥ずかしいです」
実は、電話越しに笑っていたあの男性社員こそが500万円のミスの張本人。彼は自分のミスを隠蔽するために発注担当者を悪者に仕立て上げ、社長を煽っていたのです。事実を知った女社長は激怒。男性社員は即座にプロジェクトから外され、これまでの余罪も追及される厳しい処分が下ったそうです。
女社長はこれまでの経緯を説明した後、再び丁寧に謝罪しました。
「経営者としてあるまじき、感情に任せた一方的な物言いをしてしまったこと、深く反省しています。それに、あの絶望的な状況を救ってくださって……本当にありがとうございました」
「皆さんのプロの仕事には感謝しているんです。この新社屋には私の夢がいっぱい詰まっているんですから」
そう言って笑った彼女は、それから現場の職人さん全員に、美味しい仕出し弁当と冷たい飲み物の差し入れを頻繁に持ってきてくれるようになったのです。「現場の皆さんが気持ちよく働けるように」という彼女の細やかな気遣いに、職人さんたちのやる気もアップ。
誤解から始まったトラブルでしたが、今ではお互いにリスペクトし合える、これまで以上に良好な関係を築けています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。