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「形見の品、売ったらいくらかな〜♡」嫁を脅す義母→「楽しいか?」思わぬ誤算ですべてを失った

夫と結婚し、義父母との同居生活が始まってから1年以上が経っていました。義父は穏やかで物静かな人で、いつも私のことを気にかけてくれる存在です。

義母も少しとっつきづらいけれど、地域の人たちから上品で親切だと評判。時間が経てば打ち解けられると思っていました。

しかし義母との関係は少しずつ歪み始めました。夫や義父がいるとニコニコしているのに、二人になると途端に当たりが強くなったのです。

 

ある日、外出先で回覧板を急いで回すよう催促の電話がかかってきたかと思えば、会話の流れでいきなり子作りの話を切り出されます。

 

「いつになったら妊娠するの? 妊娠できないのはあなたに問題があるんじゃないの?」生理が来たら必ず報告するよう求められ、私はただ戸惑うばかりでした。

嫁いびり

妊活へのプレッシャーは日ごとに強まり、最近では料理への批判も始まりました。お昼に作ったうどんの出汁が口に合わないと言われ、きちんと出汁を取らないなんて手抜きだと言って責められます。

 

その上、幼いころに母を亡くしたことまで引き合いに出され、家庭の味がわからないのかと言われたのです。

 

しかし私は、どれほど胸に刺さる言葉でも、波風を立てないよう謝罪の言葉を繰り返すことしかできませんでした。いつかわかってもらえるはずという気持ちが、私を踏みとどまらせていたのだと思います。

友人との外出を妨害

そのしばらく後、久しぶりに海外から帰国した友人と食事をする機会がありました。前もって義母に遅くなると伝え、夕飯の準備をすませてから外出したのですが、外出先で義母から連絡が届きました。

 

「作っておいた料理どれも食べられたもんじゃない。今すぐ作り直しに戻ってきなさい」と義母。どうやら準備していた夕飯をすべて処分したとのことでした。

 

しかし、次にいつ会えるかもわからない友人との時間は貴重で、そう簡単に切り上げられるものではありません。外食か出前をお願いしても、義母は一切聞き入れてくれませんでした。

 

そして、さらに思いもよらない言葉が続きました。「あなたのお母様の形見のネックレス、今売ったらいくらになるかしらね」

 

添えられていたのは、見覚えのあるネックレスの写真。外出前に着けていくか悩み、大切にドレッサーへ置いてきたはずのものでした。義母はそれが亡き母の形見であることを知りながら、勝手に持ち出していたのです。

 

「これを見せれば楽しい時間を切り上げて飛んで帰ってくる」と思ったに違いありません。脅しとわかっていながらも、亡き母の大切な形見が人質に取られている恐怖に、私は抵抗できませんでした。

 

結局私は友人に事情を話して席を立ち、急いで帰宅したのです。「義父や夫に告げ口したらどうなるかわかっているか?」とも言い添えられ、声を上げることすらできなかったのでした。

 

義父が真実を知った瞬間

数日後、義父とキッチンに立っていたときのことです。別室にいる義母からLINEが届きました。

 

普段、この時間に届く連絡といえば「お茶を持ってきて」「明日のパンを買っておいて」といった雑用です。私は料理中で手が離せなかったこともあり、「またいつもの用事だろう」と高をくくって、内容を確認しないまま義父に「代わりに見て返信してほしい」と頼んでしまったのです。

 

ところが、義母からの連絡はいつものように「生理の報告はまだか?」「子どもができない嫁には出て行ってほしい」という内容。義父が見ているとは思っていないので、次々と送ってきます。

 

すべてを読んだ義父は、ただ1つ「楽しいか?」と返信しました。

 

そして私に「俺たちの前ではやさしい素振りをして、裏でこんなことをしていたなんて本当に情けない」と詫びたのです。

 

その後、義父が返信をしたと知った義母は大慌て! 実の娘のように思っていたからこそ厳しくしたのだと言い訳を続けましたが、義父は聞き入れませんでした。

 

形見の在り処を問い詰められると、義母は「タンスの引き出しにある」と答えます。義父は亡き母の形見を取り返してくれました。

 

今更の謝罪

義母は私に平謝りしましたが、許せる段階はとっくに過ぎていました。

 

「お義母さんは夫の大切な母親ですし、いつか認めてもらいたいという気持ちがありました。でも、もう限界です。同居は解消させてください」

 

そう告げると義母は、これからは大切にする、と懸命に取り繕い始めました。しかしそれが義父や夫の目があるときだけの姿だということは、ずっとわかっていました。

 

義母の懇願は続きましたが、私の答えは変わりません。同居を解消し、これ以上義母と関わるつもりはないと、はっきり告げたのです。

義母の末路

その日のうちに、私は実家へ帰りました。義父は何度も頭を下げて謝罪してくれ、二度と義母と関わらせないと約束してくれています。

 

夫も義母を厳しく責め、義父と義母は家庭内別居という形になりました。今後また私への干渉があれば離婚も辞さないと、義父は義母に伝えたそうです。夫も同様で、義母とは縁を切ると宣言しました。

 

嫁いびりの話が少しずつ周囲に広まると、義母は外出もままならない状態になり、見る間に老け込んだと聞いています。義父と夫には大切にされたかったのでしょう、二人から軽蔑された今の生活はつらいのだと思います。しかし、同情する気持ちは湧いてきませんでした。

 

同居を解消して実家に帰ってから3カ月後、妊娠が判明しました。その後、夫が見つけてくれた新居に引っ越し、今は毎日のんびりと妊婦生活を楽しんでいます。義父との交流は今も続いており、先日わが家に食事に来た際に妊娠を報告すると、とても喜んでくれました。

 

あれほど心待ちにしていた孫ですが、義母は目にすることも抱くこともできないでしょう。しかしそれも自分が蒔いた種なのです。

 

◇ ◇ ◇

 

嫁いびりという行為は、誰一人として幸せにせず、結果として自分自身の居場所や大切な家族との縁を失わせるだけの、無意味で悲しい振る舞いです。

 

特に、妊娠や出産という極めてセンシティブな問題に周囲が土足で踏み込み、プレッシャーをかけることは、相手を深く傷つけるだけでなく、信頼関係を修復不能にする決定打となるでしょう。

 

家族だからこそ、最低限の礼節と「立ち入ってはならない領域」への配慮が不可欠です。平穏な日常を守るためには、相手の痛みに寄り添う想像力を忘れたくないですね。

 

【取材時期:2026年3月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

※AI生成画像を使用しています

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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