夜中に届いた謝罪
その日は、いつもより帰宅が遅くなっていました。
昇進してから仕事量が増え、帰ってからも洗濯物を畳み、翌日の弁当の下ごしらえをして、やっと座ったところでした。夫はリビングのソファでスマホを見ながら笑っていて、私が台所に立っていても顔を上げません。
「疲れてるなら、明日でよくない?」
そう言うだけで、自分が代わる気はないのだとわかる声でした。
夫は半年前から残業や出張が増えていました。以前より帰宅が遅く、休日も「仕事の付き合い」と言って外に出ることが多くなっていました。それでも私は、疑うより先に、生活を回すことで精いっぱいでした。
そんな夜に、義母から連絡が来たのです。
義母とは、年に何度か食事をする程度の関係でした。干渉しすぎる人ではなく、私の仕事の忙しさも分かってくれていました。その義母が、夜遅くに何度も謝ってくる。文面は明らかに普段と違っていました。
「息子の浮気が原因で離婚だなんて……! 本当にごめんなさいね……」
私はその一文で、胃のあたりが急に重くなりました。スマホを持つ手に力が入らず、指先が冷たくなっていくのが分かりました。
「え? 何の話ですか??」
そう送ったあと、返事を待つ数十秒がやけに長く感じました。
知らないうちに進んでいた離婚話
義母は、夫から「離婚することになった」と聞いていたそうです。
私たちはすでに話し合いを終えていて、あとは手続きだけ。夫には新しい相手がいるけれど、それは私も知っている。いわゆる「公認の関係」だから問題ない。夫は、そんな説明を義母にしていたといいます。
私は何度も画面を読み返しました。
公認。離婚。新しい相手。
どれも、私の生活には存在しない言葉でした。
すぐに夫に確認しました。最初は明らかに動揺していました。
「母さんがお前に連絡したのか?」
「連絡先、交換してたのか?」
夫が最初に気にしたのは、浮気のことでも、私への説明でもありませんでした。義母と私がつながっていたことでした。その時点で、体の奥がすっと冷えました。
問い詰めると、夫はすぐに開き直りました。相手は職場の後輩で、半年ほど前から関係がある。離婚後はその人と暮らすつもりで、部屋も決めている。そう言いました。
「お前にも原因があるだろ」
「昇進してから偉そうだった」
「家にいても癒やされなかった」
夫の言葉を聞いている間、私は怒鳴り返すこともできませんでした。頭の中で、ここ半年の自分の生活がばらばらに浮かびました。
朝早く起きて弁当を作ったこと。帰宅後に洗濯機を回したこと。食器が流しに積まれている横で、夫がスマホを見ていたこと。仕事で疲れていても、生活を止めるわけにはいかなかったこと。
私だって、癒やされてはいませんでした。けれど夫は、自分だけが被害者のような顔をしていました。
崩れていく生活
その夜から、私はほとんど眠れなくなりました。
布団に入っても、夫が言った「もう部屋も決めてある」という言葉が頭の中で何度も繰り返されました。目を閉じると、夫と知らない女性が新しい部屋で家具を選んでいる光景が勝手に浮かんできて、胸のあたりが詰まりました。
朝になっても食欲はなく、白いご飯のにおいだけで気持ち悪くなりました。会社では資料の数字を見ているのに、意味が頭に入ってきません。コピー機の前で立ったまま、何を印刷しようとしていたのか忘れることもありました。
夫は家の中で妙に余裕がありました。
「離婚届、早めに書いておけよ」
「慰謝料なんて払う必要ないからな」
「俺をそうさせたのはお前なんだから」
その言い方は、私が折れると決めている人の口調でした。
義母からは、心配する連絡が何度か来ました。私は最低限の返事しかできませんでした。義母にまで気を使わせていることが申し訳なく、それでも自分のことで精いっぱいでした。
食器は洗っても洗っても増え、洗濯物は畳む前に山になりました。夜中に目が覚めると、隣で夫が普通に寝息を立てていました。その寝顔を見るたびに、胃の奥に石を入れられたような重さが戻ってきました。
数日後、夫は私の前に離婚届を置きました。
「これで終わりにしよう」
「俺はもう新しい生活に進むから」
私はペンを持ちました。手が震えて、名前の最初の線が少し曲がりました。
けれど、最後まで書く前に手を止めました。
夫はそれを見て、小さく笑いました。
最後の話し合い
離婚届に名前を書きかけた翌日、夫はやけに機嫌がよさそうでした。
「やっと分かってくれたんだな」
「ごねられると思ってたから助かるよ」
私はリビングのテーブルを挟んで夫の向かいに座りました。夫はスマホを手元に置き、何度も画面を確認していました。相手の女性から連絡でも来ていたのかもしれません。
「慰謝料の話をしたい」
私がそう言うと、夫は鼻で笑いました。
「まだ言ってるのかよ。払う金なんてないって」
「新居の準備で貯金は使った。家具も家電も買ったし、敷金礼金もあるしな」
私は黙って聞いていました。
夫はさらに続けました。
「だから予定通り、慰謝料なしでいいよな」
「これで本当に終わりだ」
その瞬間、隣の部屋のドアが開きました。出てきたのは義母でした。夫の顔から、一気に血の気が引きました。
「母さん……? なんでここに……」
義母は、私の横に座ると、まっすぐ夫を見ました。声は震えていましたが、怒鳴り声ではありませんでした。
「私があなたの口座に振り込んだ300万円は、どこへ行ったの」
夫は口を開けたまま、何も言えませんでした。
義母は、夫から「今は嫁が情緒不安定だから、母さんから直接連絡すると余計にこじれる。弁護士を通す前に、まず俺から渡して話を整える」と説明され、夫名義の口座に300万円を振り込んでいたそうです。振込記録は通帳に残っていました。けれど夫はそれを私に一切伝えず、新しい部屋の初期費用や家具家電に使っていました。
さらに義母は、夫が話していた「円満離婚」「公認の関係」「私も納得している」という説明がすべて嘘だったことを、その場で一つずつ確認しました。
夫は最初、「違う」「誤解だ」と言いました。けれど、すぐに言葉が崩れました。
「あとで渡すつもりだった」
「新居費用は一時的に立て替えただけ」
「そんな大げさにする話じゃない」
「家族なんだから、話し合えばいいだろ」
さっきまで私に向けていた余裕は、もうありませんでした。額には汗がにじみ、視線はテーブルの上を泳ぎ、スマホを握る手だけが落ち着きなく動いていました。
義母は静かに言いました。
「弁護士に相談します。あなたの話は、もう信じません」
夫は慌てて私を見ました。
「お前、母さんに何を吹き込んだんだよ」
「なんで俺の母親がお前の味方なんだよ」
義母は、そこで初めて声を強めました。
「私の息子だからです。自分の息子がここまで人を傷つけて、お金までごまかしたのに、見て見ぬふりなんてできません」
夫は何度も「待ってくれ」と言いました。けれど、その場で決まったのは、待つことではありませんでした。
離婚の条件、慰謝料、財産分与、義母へ返還する300万円。300万円は私への慰謝料ではなく、義母が夫に返還を求めるお金として、別の名目で整理することになりました。弁護士からは、振込記録が残っている以上、少なくとも返還請求の対象になる可能性が高いと言われました。
私は夫とこれ以上、直接やり取りしないことにしました。
戻ってきた朝
離婚は、感情的な大騒ぎにはなりませんでした。
弁護士名義で内容証明を送り、慰謝料、財産分与、義母への返還金を分けて条件を詰めました。支払いが滞った場合の条項まで入れたうえで、公正証書にしてもらいました。連絡は決められた窓口を通し、家の中の荷物を分けました。
最終的な書類が揃った日、夫は支払い予定表を見たまま、しばらく黙っていました。最初のように、鼻で笑うことはもうありませんでした。
その後、夫は離婚前から新居や再婚の話を周囲に漏らしていたらしく、そこから時期が合わないことに気づく人が出たようです。私からも義母からも、会社には何も伝えていません。新しい相手との生活も長くは続かなかったようです。
義母からは、夫が離婚後も何度か実家に来て、追加の金を無心してきたと聞きました。相手の女性と住む部屋の家賃が払えないから、一時的に実家に戻りたいと何度も言ってきたそうです。義母はそのたびに断っていましたが、最後は身を守るために住まいを変え、電話番号も変えました。私とは、頻繁ではないものの、季節の便りだけは続いています。義母は私にだけ新しい連絡先を知らせ、夫には伝えていません。
離婚後、私の部屋は少しずつ静かになりました。
最初のころは、夜になるとまだ胸がざわつきました。けれど、流しに食器が山にならなくなりました。洗濯物を畳む時間も、自分のためだけに使えるようになりました。
ある朝、久しぶりに炊きたてのご飯を茶碗によそいました。湯気のにおいで気持ち悪くならなかったことに、自分で少し驚きました。
卵を焼き、味噌汁を温め、テーブルに座って、誰にも急かされずに箸を持ちました。
あの夜からずっと重かった胃のあたりが、その朝だけは少し軽くなっていました。
夫の浮気を知ったとき、私は怒りより先に、生活の足元が抜けるような感覚になりました。
離婚と言われても、すぐに強くなれるわけではありません。眠れない夜もありましたし、ご飯のにおいだけで気分が悪くなる朝もありました。会社の資料を見ても文字が滑って、何度も同じ行を読み返しました。
一番きつかったのは、裏切られたことだけではありません。夫が、自分のしたことを私のせいにして、義母にまで都合のいい嘘を重ねていたことです。私の知らないところで、私の人生が勝手に説明されていた。それが本当に気持ち悪かったです。
それでも、最後は怒鳴り合いではなく、必要なものを一つずつ書面にして整理して終わらせました。義母がくれた謝罪の言葉も、夫が隠した300万円も、全部なかったことにはしませんでした。
今でも夜中にスマホが鳴ると、少し身構えることがあります。でも朝、炊きたてのご飯の湯気を見ても、もう胃は重くなりません。あの茶碗を普通に持てるようになったことが、私にとっては一番確かな区切りでした。
【取材時期:2026年3月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。