いつものように園の前で立ち話をしていたときのことです。
休日の予定の話題になり、私は「今度の連休、家族で温泉に行く予定なんです」と話しました。すると、周りのママたちは「いいですね」「ゆっくりできそう」と、やわらかい雰囲気で返してくれました。
しかし、少し離れたところにいたママ友がこちらに歩み寄りながら、笑い混じりにこんなことを言ってきたのです。
「え、温泉? なんか貧乏くさくない?」
「うちは家族でハワイに行く予定だけど」
思わず口にしてしまった心配の一言
その場の空気が、一瞬で止まったように感じました。突然の言葉に返す言葉が見つからず、私は戸惑うばかり。
そのとき、私の頭に以前夫から聞いていた話がよぎったのです。
私の夫とそのママ友のご主人は同じ業界で働いていました。夫から聞いていたのは、ママ友のご主人の仕事が、あまり順調ではないらしい――ということ。
気づけば私は、「えっ、ハワイですか……大丈夫なんですか?」と口にしていました。不用意だったかもしれませんが、心配の気持ちのほうが勝ってしまっていたのです。
そのママ友は一瞬だけ表情をこわばらせたあと、すぐに笑顔を作り直しました。
「大丈夫よ。うちは年に何回かは海外に行かないと気が済まなくて」
そう言いながらも、どこか無理をしているように見えました。
ぽつりとこぼれた本音
場の空気が重くなってしまったことを感じ、私は話題を変えるように続けました。
「実は温泉といっても、私の実家の近くの小さな宿なんです」
「でも、両親と一緒にのんびり過ごせるのが楽しみで」
その言葉に、周りのママたちは再び「それいいですね」「子どもも喜びそう」と、にこやかに返してくれました。
場の空気も少しずつほころび、そのママ友も、ただ静かに話を聞いている様子でした。
しばらくして帰り際、そのママ友が小さな声でこんなことをつぶやいたのです。
「……いいな、そういうの」
「うちの子も、おばあちゃんに会いたがってるんだけど、なかなか会えなくて」
先ほどまでの強気な様子とは違い、素直な気持ちが伝わってきました。
本当に大切なものに気づいた瞬間
迷いましたが、私は思い切って声をかけました。
「もしよかったら、今度おじいちゃんおばあちゃんも誘って一緒にどうですか?」
「小さな宿ですけど、家族で過ごすにはぴったりなんです。子どもたちも一緒ならきっと楽しいと思います」
そのママ友は驚いたように目を見開いたあと、少し照れたように笑っていました。
「……ありがとう。そういうのも、いいかもしれないね」
時間はかかりましたが、それからは少しずつ、そのママ友は私たちの輪に加わるように。お迎えの時間に話をしたり、子ども同士で遊ばせたり。以前のように見栄を張る発言は減り、自然体で接してくれるようになっていきました。
そんなある日、そのママ友がぽつりとこう言いました。
「家族旅行って、大切なのは行き先じゃないんだね。家族が一緒に楽しんで、笑顔になれるのが一番なんだって気づいたよ」
その言葉が、とても印象に残っています。
後日、そのママ友が三世代で国内旅行に出かけたと聞きました。子どもがとてもうれしそうだったと話してくれたとき、私も胸があたたかくなりました。
今では家族ぐるみで付き合える関係になり、今度はみんなで一緒に温泉旅行へ行く計画も立てています。
見栄ではなく、ありのままでいられる関係のほうが心地いい――そんなことを実感した出来事でした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。