私が「新しいレシピも試しているのに……」と答えると、「専業主婦を5年やって進歩がないなら、もう頭打ちということだ」と返します。料理の評価だけでなく、私という人間ごと否定されているような感覚でした。
それ以来、夫は夕飯が気に入らないと「外で食べてくる」と言って、手をつけずに家を出ていくようになったのです。夫と食卓を囲む時間は減り、会話らしい会話のないまま夜が過ぎる日が続きました。
妻を下にみる夫
私が傷ついたのは、料理の評価だけではありません。夫は「30歳を過ぎたらおばさんだ。女は歳を取るごとに価値が下がっていく」と私に向かって言いました。
反論しても「男は年齢とともに魅力が上がる。そこをわかったほうがいい」と、絶対に折れません。
さらには「専業主婦は社会的にゴミ以下だろ」「社会に出ても通用しない」という、あまりに偏った主張まで……。「専業主婦になってほしいと頼んできたのはあなたでしょう」と訴えても、「辞めることを決めたのはお前だ。俺のせいにするな」と跳ね返されました。
どんな言葉を重ねても夫が考えを改めることはなく、この状況を変えなければという気持ちが、私の中で少しずつ固まっていったのです。
誕生日プレゼントの離婚届
それから3カ月が経った朝、目が覚めるとテーブルに離婚届が置かれていました。私の30歳の誕生日の朝のことです。差し出してきた夫は「早く書いてくれないか。まだすがりつく気なの?」と冷たく言いました。
しかし私がうろたえることはありませんでした。ここ2カ月、夫の行動に引っかかりを感じていたからです。
残業が続いているはずなのに残業代はつかず、帰宅時間も不規則。その違和感を放置せず、私はある行動を取っていたのです。記録を残し、確認を重ね、証拠を手元に整えていました。
「サインには条件があります。不倫を認めて、慰謝料を払ってください」
夫の顔色が変わりました。「証拠はあるのか」と語気を荒げましたが、「たしかな証拠があるから言っています。あなたが残業だと嘘をついて、若い女性と会っていた日の記録も、写真もすべて揃っています」と返すと、夫はしばらく黙り込みました。
そして、侮辱的な言葉を並べながらも、最終的に「払えばいいんだろ!」と吐き捨て、事実を認めたのです。
夫との離婚
慰謝料の交渉は、専門家に相談しながら進めました。感情に任せて相手を責めることよりも、自分のこれからを整えることのほうが大切だと判断したからです。夫は金額をめぐって抵抗しましたが、証拠の内容を示すたびに反論できなくなっていきました。
離婚が成立したあと、私はすぐに仕事を探し始めました。ブランクは不安材料でしたが、専業主婦として積み重ねた段取り力と、退職前の経験を活かせる場を探し続けたのです。
そして、再就職から数年後、今の夫と出会いました。仕事とプライベートを両立させながら少しずつ信頼を積み重ね、やがて再婚。一方で、仕事では主婦の方々を支援する事業に携わり、経験を積んだ末、離婚から10年後に自分の会社を立ち上げるに至りました。
「お前なんて社会に出ても通用しない」と元夫から言い捨てられたあの言葉は、今も記憶にあります。でも今となっては、その言葉は私を動かした原動力でもあったのです。
妻の快進撃
あるとき、SNSのビジネスメディアに私のインタビュー記事が掲載されました。それを見たのか、元夫から突然SNSを通じてメッセージが届いたのです。
「記事見たよ。あの専業主婦だったお前が社長とはな。俺が離婚して自立させてやったおかげだな」
相変わらずの傲慢な言葉に呆れましたが、目的はすぐにわかりました。続けて「今、ちょっとした事業を考えていて資金が必要なんだ。元夫のよしみで出資してくれないか」と、虫のいい要求をしてきたのです。
私が無視していると、今度は「あのとき慰謝料を取りすぎたんだから、少しは返すのが筋だろ」「成功したからって調子に乗るな」と、怒りに任せたようなメッセージが立て続けに送られてくるようになりました。
私はすぐに今の夫に相談することに……。彼は感情的になることなく「直接関わらず、冷静に。あまりにひどい対応をするなら専門家に相談しよう」と言いました。
元夫の末路
その後、共通の知人からの話や風の噂で、元夫の現状を少しだけ知ることになりました。私と離婚する原因となった不倫相手とは、結局金銭トラブルが原因で数年前に破局。その後も職場で人間関係のトラブルを起こして退職を余儀なくされ、現在は定職にも就かず借金を抱えているようでした。
私に連絡してきたのも、単にお金に困っての苦し紛れの行動だったのです。「そちらの出方によっては専門家に相談する」と伝えて依頼、一切の連絡が途絶えました。おそらく、その言葉に怯えたのでしょう。
今の私は、再婚した夫と子どもたちとともに、穏やかな毎日を過ごしています。あの結婚生活で傷ついたことは事実です。それでも、あの経験があったからこそ、自分が本当に大切にしたいものを見つけられたとも感じています。
会社を作ったのも、主婦という立場で見下されてきた経験が根本にありました。同じように傷ついてきた人たちの力になりたいという気持ちが、原動力になっていたのです。
◇ ◇ ◇
家事全般から家族の健康、スケジュールの把握まで、家庭を守る役割は決して簡単なものではなく、多岐にわたるタスクをこなす立派で大変なマネジメント業ではないでしょうか。
妻の陰の支えや価値に気付けなかった元夫は、結局仕事も信用も失い、成功した元妻にすがりつくという自業自得の末路を辿りました。人の労力を軽んじる人間は、自らのおこないで身を滅ぼすのですね。
【取材時期:2026年4月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。