母の言葉に甘えていた日々
若いころの私は仕事に追われ、実家に帰る機会も少なくなっていました。それでも母は、会うたび、あるいは連絡をするたびに、いつも変わらず「体に気を付けて」と声をかけてくれていました。
私はその言葉がうれしくないわけではありませんでした。けれど、照れくささもあって、返すのはいつも素っ気ないひと言だけ。今、思えば、もっと自然に会話を続ければよかったのに、どこかで「母はいつもそこにいてくれる」と思っていたのだと思います。
入院中も伝えられなかった気持ち
ある年、母が体調を崩して入院しました。見舞いに行ったとき、母の顔を見て少し安心したのを覚えています。けれど、その場でも私は深い話をすることができませんでした。
結局、そのときに口にしたのは「また来るよ」という言葉だけでした。感謝の気持ちも、これまで支えられてきた思いも、心の中にはあったはずなのに、言葉にはできませんでした。それが母との最後の会話になるとは、そのときの私は思ってもいなかったのです。
伝えられなかった「ありがとう」
数日後、母は急変し、そのまま帰らぬ人となりました。あまりに突然のことで、気持ちが追いつかないまま葬儀を終えましたが、時間がたつほど、心の中にはひとつの後悔が強く残るようになりました。
「ありがとう」 「助けられていた」
本当は伝えたかったその言葉を、私は何度も心の中で繰り返しました。けれど、もう母に直接届けることはできません。言葉にしなかった後悔は、時間がたてば薄れるものだと思っていました。ですが、私の場合、その思いは今でも心の奥に残り続けています。
まとめ
この経験を通して、気持ちは思っているだけでは伝わらないのだと痛感しました。照れや遠慮を理由に言葉を飲み込んでしまうと、後になって大きな後悔になることがあります。今は、人との別れがいつ訪れるかはわからないものだと心にとどめながら、後悔を残さないよう、自分の気持ちを言葉にして伝えることを意識しています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:佐藤誠/50代男性・無職
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年4月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
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