義母の病気を理由に変わった妻
ある日、妻のA子から「母が病気になった」と相談を受けました。A子はもともと母親との関係があまり良くなく、「昔から干渉が強くて苦手だった」と話していたこともあります。そのため最初は、「行っても気まずいだけ」と帰省にも消極的でした。
ですが私は、「顔を見せるだけでも安心すると思うよ。必要なら一緒に行くから」と声をかけ、無理のない範囲で支えようとしていました。
その後、A子は少しずつ実家へ通うようになり、やがて「治療費を援助したい」と言い出しました。私は家族のことなら当然だと思い、生活費の中から、治療費として毎月数万円をA子に渡していました。
それからしばらくして、A子は外出や帰宅の遅い日が増えていきました。髪色や服装の雰囲気も変わり、以前より派手になっていったのです。
私は多少の違和感を覚えながらも、「看病のストレス発散も必要なんだろう」と深く考えないようにしていました。
妻が隠していた本当の理由
そんな生活が続いていたある日。A子は深刻そうな表情で、
「母の体調がかなり悪くなって……余命宣告もされたの」
「しばらく実家で付き添いたい」
と話してきました。ですがそのときには、私はすでに違和感の正体に気付いていたのです。
実は数日前、「実家へ行く」と出ていったA子を心配して、義実家へ差し入れを持って行ったことがあったのです。ですが、そこにA子の姿はありませんでした。義母からも「最近は来ていないわよ」「たしかに少し体調を崩していたけれど、今はずいぶん落ち着いたのよ」と言われました。さらに、治療費の話も「知らない」と義母は答えたのです。
私は帰宅後、A子にそのことを伝えました。するとA子は一瞬言葉に詰まり、「そのときたまたま調子がよかっただけ」「私は買い物に行ってたのよ」と苦しい言い訳を始めました。
しかし私が「じゃあ治療費として渡していたお金はどうしたんだ?」と聞くと、自分の交際費や美容代に使っていたことを白状したのです。さらに、「実家に行く」とウソをついて出かけていたのは、別の男性と会っていたからだと認めました。
私は浮気にも大きなショックを受けましたが、それ以上に、「母親の病気」を口実に使っていたことが許せませんでした。
崩れた信頼と私の決断
私はA子に、「どうして、そんなウソをついたんだ」と尋ねました。
するとA子は泣き出し「現実から逃げたかったのよ」と言いました。そして「許して。元の関係に戻りたい」と言ってきたのです。
ですが、私の中で信頼関係は完全に崩れていました。夫婦の問題だけなら、まだ向き合えたかもしれません。ですが、義母の病気や余命を利用するような行為だけは、どうしても受け入れることができなかったのです。
その後、私たちは何度も話し合いを重ねましたが、最終的に離婚することになりました。現在は、以前より穏やかな気持ちで生活できています。あのときは苦しかったですが、違和感から目を背けず、自分自身と向き合ったことは間違っていなかったのだと思っています。
これからは、自分自身の気持ちにもきちんと向き合いながら、無理をしすぎずに生きていきたいと思っています。
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「家族を支えたい」という思いにつけ込まれ、義母の病気までも言い訳として利用されていた主人公。信じていた相手の裏切りはもちろんですが、それ以上に、人の善意や家族の情を軽く扱う行為の重さを感じさせられるエピソードでした。一方で、違和感から目を背けず、自分の人生を立て直そうと決断した主人公の姿も印象的です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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