始まりは、夫のプレゼン
その日、夫は妙に上機嫌でした。「ちょっと相談あるんだけど」と切り出した時点で、また通販の話だろうと身構えました。ところが今回の議題は、マンションの購入だったのです。
「賃貸ってもったいないだろ。駅近で築浅、南向きで日当たりも最高なんだよ」と、夫はまるで営業マンのように物件を語り続けました。「今の家賃に少し足すだけで資産になる。将来を考えたら絶対に得だ」と、夫は得意げに言いました。
私は冷静に問いました。諸費用も固定資産税も管理費もある、それを誰が払うのかと。すると夫は「俺たち夫婦じゃん、財布も一緒だろ」と返してきます。けれど現実は違いました。今の家賃も生活費も、ほとんど私が負担していました。夫の給料は、服やゴルフ、趣味の買い物で毎月ほぼ消えていたのです。夫が単独で月40万円もの返済を続けられる家計ではありませんでした。
オーダースーツは仕事のため、ゴルフは人脈作り、マンションは家族への投資。並べられた言葉に、私は引っかかりを覚えました。「資産」も「投資」も、夫の口から初めて聞く単語だったからです。思えば車の買い替えのときも、保険の見直しのときも、最終的に決めていたのはいつも義母でした。
「それ、お義母さんに言われたの?」
私がそう尋ねると、夫はわかりやすく動揺しました。「母さんは関係ない、俺が考えたことだ」と繰り返すばかり。けれど、夫が「母さんは関係ない」と言うときは、だいたい関係があるのです。
放置された督促ハガキ
私には一つ、確かめておきたいことがありました。少し前、リビングのテーブルに、夫が開封したまま放置していた督促ハガキがあったのです。リボ払いの残高は、100万円近くに膨らんでいました。
「まずは今のクレカのリボ払いを完済してから言って。テーブルにハガキ、置きっぱなしだったよ」
夫は飛び上がりました。「見たのかよ!」と。隠しているつもりだったのでしょうが、夫は足りなくなるたびに生活費口座からお金を動かしていました。毎月の収支を確認していた私に、隠し通せるはずもありませんでした。リボ払いを抱え、生活費まで私に頼っている夫が、住宅ローンの本審査に通るとは思えません。
それでも夫は食い下がりました。私が以前「家は落ち着く場所がいい」と言ったことを持ち出して、安定した暮らしをと訴えてきます。私は答えました。安定は買うものではなく、築くものだと。私が堅実に積み上げてきたものを、夫は勢いで壊そうとしているだけに見えたからです。
その話は賛成できない、せめて2人でもう少し相談してから。そう伝えたとき、夫はうつむいて、思いがけないことを口にしました。
「俺、もう物件の申し込み、進めちゃってて……」
頭が痛くなりました。今すぐ取り下げてきて、と私は声を張りました。それでもまだ言い続ける夫に、もう一度だけ繰り返しました。
「これが最後だよ。申し込みは必ず取り下げて」
私が念を押すと、夫はようやく「わかった。もう進めない」と力なくうなずきました。
その言葉まで嘘だったと知るのは、もう少し後のことでした。
義母の電話
その夕方、夫がコンビニに出た直後でした。義母から電話がかかってきたのです。
「マンションの話よ! なんで反対なんてするの!」
私は静かに尋ねました。その話を、どうして義母が知っているのか。夫は「母さんは何も知らない」と言っていたはずです。なのに義母は、駅近で南向き、という立地の細部まで把握していました。
義母は最初、息子から今聞いたばかりだと取り繕いました。けれど、ごまかすなら何も信用できない、どれだけ素敵でも一生買わない、と私が告げると、ついに観念したのです。
「そうよ、私があの子に言ったのよ! でも何が悪いの!」
理由はあきれるものでした。友人がタワマンに引っ越して、毎日マウントを取ってくる。眺めの写真まで送りつけてくる。だから負けていられない、というのです。義母にとって私たちの暮らしは、友人への対抗心を満たす道具でしかありませんでした。
それでも義母は強気でした。「お金のことなら心配いらないわ、私にはまだ蓄えがあるんだから」と胸を張ったのです。見栄や競争のために家を買うつもりはない、夫婦の問題に親が割り込むのは違う。私がそう伝えると、義母は「もう勝手にすれば」と言い捨てて電話を切りました。
「みんなで暮らそう」という言葉
その後、夫とも改めて話しました。マンション購入の発端が義母の見栄だったことも、「母さんは関係ない」という夫の言葉が嘘だったことも、私はすでに知っている。そう告げると、夫は「悪気はなかったんだ」と言い訳を繰り返すばかりでした。
そして夫は、信じられない提案をしてきました。手狭になってきたのだから思い切って買おう、いっそ母さんも一緒に3人で暮らせばいい、間取りも3LDKでちょうどいい、と。
私は言葉を失いました。私が何に傷つき、何に怒っているのか、夫は何ひとつわかっていなかったのです。やがて言い合いがこじれると、夫はいら立ちまぎれにこう吐き捨てました。「そんなに嫌なら、離婚届でも出せばいいだろ」と。
その日の会話は、あまりに怖くて、日時と内容をスマホのメモに残しました。私、もう疲れちゃったかな——そうつぶやいて、その日は仕事に戻りました。胃が重く、晩ご飯を作る気力もわきませんでした。夜中に何度も目が覚め、朝の支度にやけに時間がかかる日が続きました。
その後も話し合おうとすると、夫は面倒くさそうにLINEで突き放すだけでした。
数日後には、「離婚届でも何でも好きにしろよ」と送ってきました。
私はそのメッセージに、一度だけ返信しました。すると夫から返ってきたのは、「好きにしろって言ってるだろ。いちいち面倒くさい」という一文でした。
夫にとっては、いつものように私を黙らせるための言葉だったのでしょう。私が本気で動くことなどないと、たかをくくっていたのだと思います。
けれど、その言葉を見た瞬間、私の中で何かが静かに切れました。私はそれ以上、夫に何も言わないまま、淡々と過ごすようになりました。
サプライズという名の契約書
それから約1カ月。私が口数を減らし、淡々と過ごしているのを、夫は機嫌が直ったとでも思っていたようです。
ある夜、夫は紙を一枚、得意げに差し出しました。そこには、引っ越し業者の予約確認書と、購入済みの家具の明細も添えられていました。
「サプライズ! 勢いでタワマン、申し込んできたぜ! ローンは月々40万円くらいだけど、お前なら余裕で払えるよな?」
夫は、住宅ローン特約付きの売買契約を結び、手付金まで支払っていました。売買契約の名義も、住宅ローンの申し込み名義も夫でした。私は連帯保証人にも連帯債務者にもなっておらず、書類に署名した覚えもありません。夫は、自分名義で借りた金を、私の収入から毎月補填させるつもりだったのです。ここまで来ても、夫の中で私は、都合よく頼れる財布のままでした。
「私たち、離婚してるのに?」
夫は「え?」と言ってきょとんとしました。
「もう受理されたもの」
夫の顔から、すうっと表情が消えました。
離婚届はすでに受理されていること。新しい部屋も契約し、貴重品や仕事に必要なものは少しずつ移してあること。今週末には、残りの荷物を持って出ていくつもりであること。
私が淡々と告げるほど、夫は青ざめていきました。
「勝手に出したのか!」と夫は叫びました。
「勝手じゃないよ。私、あのとき返信したよね。『以前あなたが署名して渡した離婚届を提出します。異論があるなら今日中に連絡してください』って」
私は、保存していたLINEの画面を夫に見せました。
「それに対して、あなたは『好きにしろ』って返した」
夫は口を開いたまま、何も言えなくなりました。
結婚したばかりのころ、けんかの勢いで夫自身が署名し、私に押しつけてきた離婚届。私は提出すると伝え、夫はそれを止めなかったのです。
勝手に申し込んだマンションも、40万円のローンも、すべて夫名義で夫が決めたこと。私はもう他人だから関係ない。そう告げると、夫は「俺一人じゃ無理だ」とすがってきました。
「自分で決めて、自分で契約したんでしょう。私には関係ない。頑張って」
私は残りの荷物をまとめ、玄関で靴を履きました。今度は、すんなりと足が動きました。
あの夜、夫が差し出した契約書の控えのことを、今でも時々思い出します。月40万円という数字を見ても、もう胃は重くなりません。
数週間後、夫から連絡が来ました。義母の「蓄え」は見栄で、とうに使い果たしていたこと。住宅ローンの本審査が通らず、ローン特約でマンションの契約自体は解除になったこと。手付金は戻ったものの、義母の好みに合わせて先走って注文していた家具や照明は、すでに一部が搬入済みで、返品できなかったこと。結局、使うあてもない高価な家具だけが残り、夫はまとまった金を失ったそうです。義母と実家に戻り、質素な暮らしをしていると聞きました。今も復縁を願うメッセージが届きますが、通知は切ったうえで、念のためすべて消さずに保存しています。
新しい部屋は前より狭いけれど、夜はちゃんと眠れます。朝の支度に時間はかからず、ご飯も普通に喉を通ります。畳めずに放置していた洗濯物も、今はその日のうちに片づくようになりました。
夫が自分で署名して渡し、私が提出すると告げても止めなかった、あの離婚届。あれを出したのは、夫に仕返しをするためではありません。私が私の暮らしを取り戻すためでした。
タワマンのきらびやかな眺めよりも、誰かの見栄や浪費に振り回されず、安心して過ごせる毎日。今の私には、それが何よりの財産です。
◇ ◇ ◇
大きな買い物や生活を左右する決断は、勢いや見栄だけで進めてよいものではないでしょう。どちらか一方が我慢し、負担を抱え続ける関係には、いつか無理が生じてしまうこともあると思います。安心して眠れ、穏やかに朝を迎えられること。そんな当たり前の日常を守ることも、大切な選択なのかもしれません。
【取材時期:2026年4月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。