記事サムネイル画像

長男嫁「年金暮らし!?お荷物は不要!」緊急搬送された義母を義実家から追放→義母の逆襲♡長男夫婦の悲惨な末路

「長男だから」「長男の嫁だから」――。そんな立場を理由に、家や財産を当然のように自分たちのものだと思い込む人もいます。

義母の介護は拒みながら義実家を手に入れようとしたり、将来は自分たちが家を継ぐのだと実家で暮らす家族を追い出したり……。

今回は、そんな身勝手な言動に振り回された人たちのエピソードをご紹介します。

 

義実家から義母を追放した長男嫁→義母の逆襲開始!

まとめ

 

私は夫と2人で美容室を営む美容師です。自宅の1階がサロン、2階が住まい。忙しい毎日ですが、お客様にも恵まれ、充実した日々を送っていました。

 

義母とはとても仲が良く、車で5分ほどの義実家をよく行き来していました。義父が亡くなってからは義母が一人暮らしをしていたため、私たち夫婦も気にかけていたのです。

 

そんなある日――義母が突然倒れ、救急搬送されたという連絡が入りました。急いで病院へ向かうと、そこには普段あまり顔を出さない長男夫婦の姿があったのです。

 

「年金暮らしのお荷物は不要!」

医師からは、命に別状はないものの、今後は一人暮らしが難しくなるかもしれないこと、しばらく療養が必要でその後の生活は家族で相談してほしいと告げられました。弱々しく横たわる義母を見て、私は胸が痛みました。 夫も「まずは治すことだけ考えて」と優しく声をかけます。

 

ところが、その空気を壊したのは義姉でした。突然、義姉が「……で? これからどうするんですか?」と言い出したのです。その言い方は、心配よりも面倒ごとを嫌がっているように聞こえました。義兄も腕を組んだまま「一人暮らしが無理なら、誰かが母さんの面倒見るしかないだろ」と他人事のように言うのです。重い空気の中、夫が「まずは様子を見ながら考えよう」と言いかけた、そのときでした。義姉が「ウチはムリ! 年金暮らしのお荷物は不要! 面倒なんてみても損でしょ」と言い放ったのです。あまりにも冷たい言葉に、私は耳を疑いました。夫もすぐに「そんな言い方ないだろ」と声を荒らげます。すると、義兄が平然と「実家をそのまま放置しておくわけにはいかないだろう。家は人が住まないと傷むからな。でも、すぐには売れないよなー。その間俺たちが住んでやるよ」とニヤニヤしながら言い放ったのです。

 

――本音は最初から「義実家を乗っ取る」ことだったのだとすぐにわかりました。私は腹が立ちましたが、今優先すべきは義母のこれからでした。 気持ちを抑え、まっすぐ義母を見て「お義母さんが元気になったら、私たちが一緒に暮らします」と伝えました。夫もすぐにうなずき「俺も同じ気持ちだよ」と言いました。義母は少し驚いたように目を見開き、それから小さく「ありがとう」とつぶやきました。そのときの私はもう感じていました。 この話は、ここでは終わらない――と。

 

「いいのね?」義母が確かめたかったこと

それから数日後。 義母の体調が少し落ち着いたころ、私と夫は再び病院を訪れました。病室に入ると、義母はいつもより穏やかな表情で迎えてくれました。私が「体調はいかがですか?」と声をかけると、義母は「だいぶ楽になったわ。ありがとう」と答えてくれました。

 

少し安心した私と夫は、義母の負担にならない程度におしゃべりをしていました。すると義母は私たちをゆっくりと見つめ「この前の話……覚えてる? 私と一緒に暮らすって言ってくれたでしょう」と切り出しました。義母は少し視線を落とし「倒れたときね、少し怖くなったのよ。もしこのまま一人で暮らせなくなったら、どうなるんだろうって……」と呟きました。今まで気丈に暮らしてきた義母が、そんな不安を抱えていたことを初めて知りました。そして義母は、もう一度私たちを見て「本当に、一緒に暮らしてもいいのかしら?」と不安そうに言いました。その言葉は、確認というより―― 覚悟を確かめるような響きでした。 私は迷わず「もちろんです。お義母さんさえよければ、私たちはそのつもりです」と伝えました。夫も「俺も同じ気持ちだよ。無理させたくないし、一緒に暮らしたほうが安心だろ」と一言。義母はその言葉を聞いて、ほっとしたように小さく息をつき 「ありがとう……ちゃんと聞いておきたかったの」といい笑顔を見せました。

 

そして少し間を置いてから「もう一度、あの子たちにも来てもらおうと思って」と続けました。 ――あの子たち。 つまり、長男夫婦のことです。 私は思わず夫と顔を見合わせました。義母の表情は穏やかでしたが、どこか強い意志のようなものが感じられました。 きっと義母は、ただ同居の話をするつもりではない。何か大切な決断をしようとしている―― そんな予感が、胸の奥に広がっていったのです。

 

 

義母が下した決断

数日後。義母の希望で、私たちは再び病室に集まりました。 そこには長男夫婦の姿もありましたが、相変わらず不機嫌そうな様子でした。 すると義姉が「で? 今日は何の話ですか?」と、面倒くさそうに口を開きました。

 

義母は真面目な表情で「家とお金のことを話しておきたくて」と告げました。その言葉を聞いた瞬間、長男夫婦の表情が変わり、さっきまでの不機嫌そうな様子が一気に真剣なものになりました。義母はゆっくりとうなずき、はっきりと「これから先のことは、もう決めてあります」と一言。病室の空気がぴんと張りつめる中、義母は迷いなく「家も財産も、すべて整理することにしました」と告げるのです。続けて「あなたたち長男夫婦には渡すつもりはありません」と言い放ったのです。その瞬間、義姉が「ちょっと待ってくださいよ! 長男なんですよ!? ありえない!」と声を荒げました。すると義母は「少し前から、家のお金が減ることがあったの。気のせいでは済ませられなかったから、記録を残しておいたわ。専門の方にも相談して、あなたたちが勝手に持ち出した分についても、きちんと整理してもらったの」と言うのです。その言葉に、長男夫婦の表情が固まり病室がしんと静まり返りました。義母は長男夫婦を静かに見つめながら「私は気づいていたのよ」と一言。そして「財産はすべて、寄付することに決めたの。もう手続きは済ませてあるわ」と言い放ったのです。義兄夫婦は言葉を失い、さっきまでの勢いはもうどこにもありませんでした。しばらく沈黙が続いたあと、夫が静かに「俺たちは、母さんの決めたことを尊重する」と告げました。 義母はそんな私たちを見て、安心したように微笑みました。

 

その後、義母は療養を続けましたが、体調は思うようには回復せず、しばらくして静かに息を引き取りました。 葬儀後、正式な手続きが進められ、義母が話していた通り、家も財産もすでに整理されました。なんだかんだ言っても遺産はもらえるだろうと思っていた義兄夫婦は、そこで初めて現実を突きつけられたのです。義兄が「お前たち、本当は遺産もらったんじゃないのか!? 俺は長男だぞ? 半分よこせ!」と迫ってきました。しかし、私たち夫婦も遺産は貰っていません。すると夫が「母さんは生前に弁護士さんへ相談して、兄貴たちがお金を持ち出していた記録も残していたんだ。必要な手続きも済ませてる。覆せるわけないだろ。この期に及んでまだ金の話かよ……母さんがかわいそうだ! もう兄貴とは縁を切らせてもらう」と告げたのです。

 

義母が亡くなって3年。私たちは頻繁にお墓に足を運んでいます。たまに綺麗なお花が添えられてあって……。義兄夫婦でしょうか? 私にはわかりませんが、今さら後悔しても遅い……。そう思っています。

 

◇ ◇ ◇

 

家族という関係の中でも、思いやりを忘れてしまえば信頼は崩れてしまうものです。損得だけで人を見てしまうと、本当に大切なものを失ってしまうこともあります。誰と、どんな関係を築いていくのか――その選択が、これからの人生を大きく左右するのかもしれません。

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

 

1つ目のエピソードでは、一人暮らしが難しくなった義母を「お荷物」と切り捨てながら、義実家や財産には執着する長男夫婦の本性が明らかになりました。義母はそんな2人を見抜いており、自らの意思で大きな決断を下すこととなったのでした。

 

続いてご紹介するのは、「私は長男の嫁だから」「将来、この家を継いで両親を看取るのは私たち」と口癖のように言う義姉のお話です。実家で両親と暮らす女性を家から追い出し、同居生活をスタートさせた義姉。しかし、その先には思いもよらない現実が待っていて……。

 

 

義姉「長男の嫁は大事にしろ」と私を追い出した⇒半年後、義姉が…!?

まとめ

 

私は実家で両親と暮らしながら、会社員として働いています。実家は古い一軒家ですがリフォーム済みで、広さにも恵まれた家でした。

 

両親はふたりとも腰を悪くしており、掃除や炊事といった家事の大半は私が担っています。居候の身とはいえ、生活費もきちんと入れ、家庭を支える一員として暮らしているつもりでした。

 

そんなわが家に、兄の妻・義姉が頻繁に出入りするようになったのは、1年ほど前のことです。

 

義姉は明るく人懐っこい性格で、両親にも巧みに取り入っていました。最初は年に数回の帰省程度でしたが、次第に毎週のように泊まりに来るように……。泊まりの度に私のベッドを使わせてほしいと頼まれ、寝室を明け渡す日が増えていきました。

 

義姉の口癖は「私は長男の嫁だから」「将来、この家を継いで両親を看取るのは私たち」というもの。言葉の端々に、独身で実家暮らしの私を格下として扱うような態度が透けて見えました。

 

私の外見を揶揄したり、結婚していないことを何かにつけて話題にしたり……。悪気のない冗談のように聞こえる言葉が、小さなトゲのようにじわじわと胸に刺さっていく日々でした。

突然の同居宣言

ある日、義姉から思いがけない報告がありました。兄夫婦がこの家に同居するという話です。


驚いたのは、その話し合いが私を除いた場で決まっていたこと。両親も、私の意見など聞く必要はないと言っていたようです。


同居が始まると、要求はさらにエスカレートしました。まず私の部屋にあった家具が兄夫婦の寝室に運ばれ、次に私の部屋が子ども部屋として取り上げられました。

 

仕事で帰宅が遅い私に対し「どうせ寝に帰るだけなら個室はなくてもいいよね? 居間のソファで十分」と義姉が提案したのです。両親も「孫にも部屋が必要だしな……」と、申し訳なさそうに、けれど義姉の意見に同調してしまいました。


意見を言っても聞き流されるだけ……。両親も義姉の味方のようで、私には言い返す術がありません。少しずつ、自分の居場所が家の中から消えていくのを感じていました。

私の本音

ある日の夕方、帰宅すると私の私物が段ボールに詰め込まれ、物置同然の納戸に押し込められていました。呆然とする私に、義姉は「狭い思いをさせるのも悪いし、そろそろ一人暮らしを始めたら?」と、まるで親切心であるかのように告げたのです。

 

両親ももう私のことはいらないと言っている、この家の遺産はいずれ全部自分たちがもらう――と、言う義姉。衝撃ではありましたが、部屋を奪われた時点から、いつかこうなると覚悟していた自分もいました。

 

私は黙って受け入れ、1日だけ猶予をもらって荷物をまとめました。


ただ、ひとつだけ義姉に伝えたことがあります。「これからは実家のことはすべてお義姉さんにお任せします。私はもう二度と戻りません」。義姉は満足げに引き受けると答えていました。


義姉は気付いていなかったのです。私がこの家から出ることを、実は待ち望んでいたことに……。

 

皮肉な結果に…

実は、私にはずっと海外で暮らしたいという夢がありました。そのために仕事の傍ら副業にも励み、留学資金を密かに蓄えていたのです。それなのに自分から家を出なかったのには、理由があります。

 

なぜ自分から出て行かなかったのか——それは、両親が私を手放したがらなかったためです。私は家事を担い、稼ぎを入れる便利な存在として、幼いころからある意味都合よく利用されてきました。

 

自分から出て行くと言えば、あらゆる手を使って引き留められたでしょう。義姉が追い出してくれたことは、皮肉にも私にとって最大の好機でした。

 

そして半年後、私は海外での暮らしをスタートしたのです。


しかし渡航してすぐ、義姉から悲鳴のような連絡が届きます。両親の腰が急激に悪化し、2人とも車椅子生活になったというのです。

 

「すぐに帰ってきて!」「私ひとりで介護なんて無理!」と義姉は取り乱していましたが、私は海外にいると伝えるしかありませんでした。


義姉は絶句し、やがて怒り出しました。「私を身代わりにしたのか」と。

 

しかし身代わりにしたのではありません。義姉が自分の意志で私を追い出し、家のことは任せろと胸を張ったのです。

 

義姉の末路

取り乱す義姉に、もうひとつ伝えなければならない事実がありました。実は実家が借金の担保に入っており、返済が滞れば家を追い出される可能性があります。加えて、生活費も借金で賄っていたため、蓄えなど一銭もないのです。


それを聞いた義姉は、助けてほしいと泣きつきました。仲良くしていたじゃないか、本当の姉妹みたいだったじゃないかと、都合のいい言葉を並べます。

 

けれど、私を脅して部屋を奪い、荷物を納戸へ放り出した人の言葉を、今さら信じることはできません。

 

「お義姉さんが望んだ通りの『長男の嫁』としての生活です。どうぞ、そのお家で最後まで責任を果たしてくださいね」。私は努めて穏やかにそう告げ、静かに電話を切りました。

 

◇ ◇ ◇

 

家族という最も身近な関係において、相手を敬う「思いやり」を忘れてしまったとき、その絆はもろくも崩れ去ってしまいます。「親しき仲にも礼儀あり」という言葉があるように、家族だからこそ、相手への感謝と想像力を欠かさずにいたいですね。

 

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

 

いかがでしたか?

 

「長男だから」「長男の嫁だから」――。そんな立場を理由に、家や財産を当然のように自分たちのものだと思い込んでいた人たちに振り回された2つのエピソードをご紹介しました。

 

家族だからこそ支え合うことは大切ですが、その関係の上にあぐらをかき、思いやりや感謝を忘れてしまえば、信頼は簡単に崩れてしまうものです。介護や同居、相続といった家族の問題に向き合う場面では、立場や肩書きではなく、日頃の行動や相手を思う気持ちこそが問われるのかもしれません。

 

家族だから当然、長男だから当然――。そんな思い込みの先に待っていた結末が印象的なエピソードでした。

 

ベビーカレンダー記事制作の取り組み
\ この記事にいいね!しよう /
シェアする

  • コメントがありません

この記事の著者
著者プロファイル

ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

読者からの体験談をお届けします。

同じ著者の連載

新着記事が配信されたら、メールやプッシュ通知でお知らせ!

気になる記事をまとめ読み

人気連載

新着連載

連載完結

もっと見る

注目記事を探す

人気記事ランキング

アクセスランキング
コメントランキング

お得な無料キャンペーン

エンタメの新着記事

PICKUP