社長の息子が配属されてきて
社長の息子が私の部署に配属されたのは数年前のことです。最初は私も、「若い人が入ってきたのだから、しっかり育てていこう」と思っていました。
ところが彼は、勤務時間中にスマートフォンを見たり、勝手に席を外したりすることが少なくありませんでした。ミスをしても謝罪はなく、周囲がフォローするのが当たり前という態度です。
ある日、先輩社員から注意を受けた彼は、
「俺は社長の息子だぞ!」
と大声で怒鳴っていました。
そのころから、職場の空気は少しずつ悪くなっていったのです。
気付けば標的になっていた
私は部署の中ではベテラン社員でした。そのため、社長の息子のミスをフォローしたり、取引先への謝罪対応をしたりすることも少なくありませんでした。
最初は「若いから仕方ない」と思っていました。しかし私が何度か仕事への姿勢を注意したころから、彼の態度が変わり始めたのです。
会議では私の意見にことごとく反対し、自分の担当案件で問題が起きても、
「ベテランなんだからフォローしてくれると思ったんですけど?」
「先輩の確認不足じゃないですか?」
と、人前で私に責任を押し付けるようになりました。私はその都度事実関係を説明していましたし、周囲も最初は事情を理解していたと思います。ところが社長の息子は、会議や報告のたびに同じような話を繰り返しました。
もちろん、20年以上働いてきた私の評価がすぐに覆ったわけではありません。しかし相手は社長の息子です。上司たちも強く注意しづらかったのでしょう。いつしか問題の原因を正すよりも、ベテランの私が大人になって対応してほしいという雰囲気になっているのを感じました。
あるときの評価面談で、ついに部長から「最近、若手社員との関係に課題があるようだ。もう少し柔軟な対応が必要ではないか」と言われたのです。
20年以上働いてきた会社でしたが、自分の居場所が少しずつ失われていくような感覚がありました。
家族に背中を押されて決断
ある夜、夕食の席で娘が心配そうに言ったのです。
「お父さん、最近ずっと疲れてない?」
妻も私の顔を見ながら、「前よりずいぶん痩せたわよ」と心配していました。私は何とかごまかして笑いましたが、自分でも限界が近いことはわかっていました。
そしてある日、私はついに家族へ打ち明けたのです。
「実は……会社を辞めようと思う」
すると妻は静かにうなずき、「そうね。あなたのためにも、その決断を応援するわ」と言ってくれたのです。妻にも生活への不安はあったと思います。それでも、私の心と体の健康を一番に考えてくれたのでしょう。
その言葉に背中を押され、私は20年以上勤めた会社を去る決意を固めました。
退職後に聞いた驚きの話
退職して数カ月後のことでした。元同僚から「実は大変なことになっている」という連絡があったのです。
話を聞いて驚きました。私が辞めた後、社長の息子の仕事をフォローできる人が減り、現場ではトラブルが続出していたそうです。納期の遅れや連絡ミスも増え、社員の不満も高まっていました。
さらに、私だけでなく他のベテラン社員まで退職を考え始めていたそうです。業務の引き継ぎにも影響が出始め、取引先から苦情が寄せられるケースもあったと聞きました。
そこで初めて、経営陣も問題を重く受け止めたそうです。その後、社長の息子は別部署へ異動となり、主要な業務から外されることになったと聞きました。
「お前が辞めてから現場がかなり大変だったらしいよ」
元同僚のその言葉を聞いたとき、複雑な気持ちになりました。
新しい職場で見つけたもの
一方の私は、以前から仕事ぶりを評価してくださっていた取引先企業に転職しました。新しい職場では経験を尊重してもらえる上に、仕事の相談をきちんと聞いてもらえる環境があります。
妻からも、「最近は顔つきが全然違うね」と言われるようになりました。
長年積み重ねてきた仕事や信頼は、新しい場所でも評価してもらえました。反対に、自分の立場に甘えて周囲への配慮を忘れてしまえば、少しずつ信用を失っていきます。
あのとき会社を辞める決断は簡単ではありませんでした。しかし今は、自分の人生を守るために必要な選択だったと思っています。
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周囲からの信頼は日々の積み重ねによって築かれるもの。今回のお話では、長年まじめに働いてきた主人公の姿勢が、新しい環境でしっかり評価されたことが印象的でした。一方で、自分の立場に甘えて周囲への配慮を欠けば、少しずつ信頼を失ってしまうこともあります。働く環境について考えさせられるエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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