義母「生活費が…もやししか買えない」義父の死後、困窮のSOS→夫が告げた真実に絶句!義母の末路

私は夫と2人で暮らす専業主婦。義実家は車で2時間ほどの場所にあり、義母は義父が亡くなってから一人暮らしをしています。
義母は近所で週に数日パートをしていて、年金もあると聞いていたので、生活に困っているなんて思ったこともありませんでした。しかし、そんなある日のこと――いつものように義母に電話をかけた私は、思いもよらない言葉を聞くことになったのです。
「あのね……生活費が足りないの」
このひと言が、すべての始まりでした。
義母の涙と「内緒にして」のお願い
義父が亡くなってから、私は時々こちらから義母に電話をかけるようになっていました。義父と仲の良かった義母が落ち込まないように、少しでも気晴らしになれば……と思っていたのです。
そんなある日、電話口の義母の声がいつもより沈んでいることに気づきました。私は「風邪でもひいたのかな?」と思い、義母にどうしたのかと尋ねました。すると義母は少し黙ったあと、遠慮がちに「実はね、最近ちょっと生活が苦しくて……」と言うのです。
思わぬ言葉に驚いていると、義母はさらに声を落として「今週なんて、モヤシ1袋で何とかしのいだくらいなのよ」と続けました。さすがにそれを聞いた瞬間、私は言葉を失いました。そこまで困っているなんて思ってもいなかったからです。
すると義母は、申し訳なさそうに「悪いんだけど、少しだけ助けてもらえないかしら」と。さらに「でも……あの子には内緒にしてちょうだい」と、夫には秘密にしてほしいと言うのです。
私は迷った末に、自分の貯金から少しだけ義母に振り込んだのです。このときの私は、まだ気づいていませんでした。この送金が、一度きりでは終わらないことに。
繰り返される無心と“旅行”という矛盾
最初にお金を振り込んでからしばらくは、義母からの連絡も落ち着いていました。私は「少し助けになれたならよかった」と思いながら、あのときの出来事を心の奥にしまい込もうとしていました。しかし、その安心は長くは続きませんでした。
数週間後、再び義母から電話がかかってきたのです。開口一番、義母は「ごめんなさいね、またなんだけど……」と、申し訳なさそうな声でつぶやきました。続けて「灯油代が少し足りなくて。もう少しだけ助けてもらえないかしら」と言うのです。
私は「また……?」と思いながら、無視することもできずに結局また少額を振り込んでしまったのです。それからというもの「食費が少し足りなくてね」「今月は出費が多くて……」と催促の電話が何度か続きました。
最初は心配の気持ちのほうが大きかったはずなのに、回数を重ねるうちに、少しずつ違和感が大きくなっていきました。本当に、そこまでお金が足りないの? 義母はパートもしているし、年金もあるはずです。それなのに、どうして何度も同じような理由でお金が足りなくなるのか……。そんな疑問が消えず、私はある決心をしました。
ある日の夜、夕食を終えてくつろいでいるとき、私は思い切って夫に声をかけました。私が「ねえ、最近お義母さんと連絡してる?」と尋ねると、夫は少し驚いた様子で「ん? してるけど、どうかしたのか?」とひと言。続けて「この前も、近場だけど旅行に行ったって言ってたし、元気にしてるよ」と言うのです。
その言葉を聞いた瞬間、思わず手が止まりました。すると、夫が「父さんが亡くなってから、ふさぎ込まないか心配だったけど、元気に出かけてるって聞いて安心したわ」と何気なくつぶやいたのです。私は何も言えなくなりました。
モヤシ1袋で過ごしている人が、旅行……? 頭の中で、いくつもの出来事が結びついていきました。何度も続いた送金。弱々しい声。「内緒にして」という言葉……。すべてが、急に違って見えてきたのです。
翌日、私は思い切って義母に電話をし「夫に聞いたのですが、お義母さん最近どこかお出かけされたんですか?」と尋ねました。少しの沈黙のあと、義母は小さな声で「あの子に心配かけたくなくて……嘘ついたのよ」とポツリ。
もし本当に生活が苦しいのなら、見栄を張るより先に助けを求めるはずです。それなのに義母は、夫には「旅行に行った」と話し、私には「モヤシ1袋でしのいだ」と泣きついていたのです。その食い違いは“ちょっとした嘘”では済まされませんでした。私はようやく、「旅行の話が嘘だった」のではなく、「困っているという話そのものが怪しい」と気づき始めたのです。
明らかになった本当の使い道
その日の夜、私は夫にこれまでのことをすべて打ち明けました。義母から「生活が苦しい」と言われてお金を振り込んでいたこと。「夫には内緒にして」と頼まれていたこと……。話を聞いた夫は、信じられないという顔で「は? ウソだろ? だって母さんには、毎月10万送ってるぞ?」と言うのです。
私は言葉を失いました。年金があって、パートもしていて、さらに毎月10万円の仕送り。それなのに「モヤシ1袋」で暮らしているなんて、どう考えてもおかしい。夫は少し考え込んだあと「次に電話が来たら、俺が話すから。実は心当たりがあるんだ」と言うのでした。
それから数日後、再び義母から電話があり「ごめんなさいね、またなんだけど……」と言い始めました。私は覚悟を決め「お義母さん、どうしてそんなにお金が足りないんですか?」と尋ねました。
すると、義母は「それは……その……」と焦り始めたのです。私は「年金もあって、パートもしていて、さらに夫からも毎月仕送りがあるのに……どうしてですか?」と詰め寄りました。そのとき、隣にいた夫が静かに受話器を取り「母さん、何に使ってるのか正直に答えてくれ。好きな人でもできたのか?」とひと言。
実は、以前から義母の言動を怪しいと感じていた夫は、こっそりと義母の周辺を調べていたのです。しばらく沈黙が続いたあと、逃げ場がないと思ったのでしょう。義母が小さな声で「……恋愛くらい、したっていいじゃない」とつぶやいたのです。
夫は落ち着いた声で「父さんが亡くなって寂しい気持ちもわかる。恋愛するなとは言わない。でも、人の金を当てにするな」と言ったのです。そのあと、義母は何も言いませんでした。言い訳も、否定もなく、電話はそのまま切れました。
その日を境に、私たちは義母へのお金の渡し方を見直しました。私ももう言われるまま振り込むことはしないと決めたのです。それ以来、義母からお金の催促の電話は来なくなりました。今ではたまに、「今日はこんな物を食べたの」「最近少し暖かくなってきたわね」といった近況の連絡が来るくらいです。
もちろん、あのときのことをすぐに忘れることはできません。それでも私は、義母にも義母なりの幸せを見つけてほしいと思っています。ただし今度は、誰かを頼ったり、だましたりする形ではなく、自分の足で、自分の人生を歩いていってほしい。そう願っています。
◇ ◇ ◇
家族だからこそ、相手の言葉を疑いたくないものです。それでも、話に食い違いがあるときは、事実を確かめることも大切なのかもしれません。善意を利用し続けた先にあるのは、お金ではなく信頼を失う結末なのだと感じさせられる出来事でした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
続いては、「仕送りを増やして」という義母の要求が、思いもよらない方向へエスカレートしていくお話です。きっかけは、夫が妻の収入を義母に話してしまったこと。「そんなに稼いでいるなら、もっと親孝行を」と増額を迫られ、断ると、義母の態度は一変……。
やがてその矛先は、妻の“仕事そのもの”へと向けられていきます。そして、ついに義母が踏み越えてしまった「ある一線」とは!?
「仕送り増やして♡」豹変した義母。断ると会社に電話「クビにしろ!」→私「いいんですね?」

私は夫と2人の子どもと暮らしています。フリーランスとして在宅で仕事をしており、ありがたいことに収入は安定していました。義母はひとり暮らしで年金生活を送っており、私たち夫婦は毎月仕送りを続けていました。金額について不満を言われたことはなく、義母との関係は穏やかなものだと思っていたのです。
ところがある日を境に、義母の態度が一変しました。きっかけは、夫が私の収入を義母に話してしまったことでした。
「そんなに稼いでいるなら、もう少し親孝行を考えてくれてもいいんじゃない?」
義母からそう切り出されたのは突然のことでした。私の月収を夫から聞いたらしく、仕送りの増額を求めてきたのです。
たしかに私の収入は夫よりも上。しかし子どもたちは高校、大学と進学を控えています。収入が増えた分、将来の備えも必要でした。そのため、今の仕送り額で精一杯であることを丁寧に説明し、夫からも改めて断りを入れてもらったのです。
ところが義母はまったく納得しません。がっかりしたと言われ、話はいつの間にか私の働き方への批判にすり替わっていきました。義母は「ちょっと稼いでいるからといってお高くとまっている」「女が稼ぐからこうなる」と、理不尽な言葉を次々と投げかけます。仕送りの話だったはずが、私という人間への攻撃に変わっていたのです。
止まらない干渉
義母の要求は、仕送りの増額からさらにエスカレートしていきました。ある日、真顔で「仕事を辞めなさい」と言い出したのです。最初は冗談だと思いましたが、義母は本気でした。仕事中にも関わらず何度も電話をかけてきては、一方的にまくし立てます。
「妻は夫を支えて控えるものだ」「夫より稼ぐ嫁は生意気だ」「嫁としての自覚が足りない」と時代錯誤な価値観を押しつけられ、「そんな調子では息子に愛想を尽かされる」と脅すような言い方までされました。
私がいくら「夫婦で話し合って納得していることです」と説明しても、聞く耳を持ちません。夫は私の味方でいてくれましたが、実の親の豹変ぶりにショックを受けているよう。
何度も説得を試みてくれましたが、義母の頑なな拒絶に、夫の表情からも次第に生気が失われていくのがわかり、私は申し訳なさで胸が痛みました。
踏み越えてはならない一線
ある日、仕事のクライアントから思いがけない連絡がありました。クライアントの会社に見知らぬ女性から電話があり、「あの女をクビにしろ」と要求してきたというのです。着信履歴から確認した番号を聞くと、義母のスマホでした。
言葉での攻撃だけならまだしも、取引先にまで……。これは私個人の問題ではなく、取引先にも迷惑がかかりかねない行為です。
さらに調べていくうちに、義母は近所の人や友人にも私について事実と異なる話を広めていたことがわかりました。内容は「嫁が生意気で、義母をないがしろにしている」というもので、尾ひれがついて広がっていたのです。
噂が仕事関係者の耳に届けば、取引にも影響しかねません。このままでは生活そのものが壊されてしまう。私ははっきりと危機感を覚えました。
怒りを堪えて義母に電話をかけた私……。コール音を聞いていると「なぜここまでされなければならないのか」という悲しみが込み上げてきました。
私が取引先への電話の件を問うと、義母は悪びれもせず「あなたの働き方がなってないんじゃないかって意見を伝えてあげただけよ。ご近所の話だって、私は困っている事実を相談しただけ。嘘なんてついていないわ」と開き直ります。
そこで私は、噂による業務妨害が法的にどのようなリスクがあるのか、私は努めて冷静なトーンで突きつけました。すると、それまで威勢の良かった義母が急に言葉を詰まらせます。「……ちょっと確認したいことができた」と言い残すと、逃げるように電話は切れました。
後から思えば、自分のしたことの重さに初めて気づいた瞬間だったのかもしれません。
義母に反撃
数日後、義母から探りを入れるような連絡がありました。「あの話はどうなったのか」と様子をうかがってきたのです。法的なリスクを突きつけた私の言葉が、相当響いていたに違いありません。私はあえて、感情を排した事務的なトーンで答えました。
「お義母さんがしたことは、単なる嫁いびりの域を超えた業務妨害です。このまま実害が出れば、相応の賠償を請求することになります。会社への電話も、ご近所への言いふらしも、すべて記録と証拠をそろえました」
電話の向こうで、義母が鼻で笑う気配がしました。「身内同士の揉め事で大げさね! 家族なんだから罪も何もないでしょう」と、まだ高を括っているようです。しかし、私は容赦しませんでした。
「家族だから許されるなんて、今の世の中通用しませんよ。もし私の取引がひとつでも止まれば、発生する損害額はお義母さんの年金では一生払いきれない額になるかもしれません。そのときは、1円残らず弁償していただきますから」
「弁償」という生々しい言葉に、義母の息が止まったのがわかりました。
義母の末路
さらに追い打ちをかけるように、隣で沈黙を守っていた夫がスマホを取りました。
「母さん、これは脅しじゃないよ。俺も、自分の妻を執拗に攻撃する人を『母親』だとは思えない。もう親子の縁を切るよ」
息子からの冷徹な絶縁宣言に、義母は「なんでそんなひどいことを……」と力なく漏らすのが精いっぱいでした。自分こそが一番ひどいことをしていた事実に、ようやく直面したのでしょう。
結局、義母は私たちの本気に恐怖を感じたのか、それ以来ピタリと干渉を止めました。それどころか、自分が広めた噂が自分に返ってくるのを恐れたのか、逃げるように遠方の親戚宅へ身を寄せることになったのです。
仕送りの負担がなくなり、家の中に穏やかな時間が戻ってきました。あのとき、感情的に怒鳴るのではなく、毅然とリスクを突きつけたことが、私たち家族を守る唯一の手段だったのだと確信しています。
◇ ◇ ◇
本来、仕送りは贈る側の善意や思いやりがあってこそ成り立つものです。それを「もっと」と当たり前のように要求し、欲を出すのは、せっかくの温かい関係を自ら壊す行為にほかなりません。何より、高い収入はその人がこれまで積み重ねてきた努力の結果です。家族だからといって、誰かの頑張りを搾取していい理由にはならないはず……。互いの努力を尊重し、感謝し合える適切な距離感こそが、本当の意味で穏やかな家族の形を作るのかもしれませんね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
本来、仕送りや援助は、贈る側の思いやりがあってこそ成り立つものです。それを当然のように求め、嘘や脅しまで使って引き出そうとすれば、最後に失うのはお金ではなく、これまで積み重ねてきた信頼そのものなのかもしれませんね。大切に思う相手の言葉だからこそ、ふと感じた違和感に、つい蓋をしてしまいがちですが、守るべきもののために「これ以上はできない」と線を引く勇気を持ちたいですね。やさしさと我慢を取り違えない自分でありたいと、あらためて考えさせられました。